あの頃



もしあの頃、あの時に戻れるのなら。


臨也は真っ白な部屋にいた。
天井も壁もベッドもカーテンも全て白い。その部屋は床だけがくすんだグレーをしていた。よく清掃されているのだろう。天井の蛍光灯の光りが、鈍く床に反射している。
真っ白なシーツに同化しそうな白い肌をして、真ん中のベッドに男が横たわっていた。金髪だった髪はもう大部分が黒髪で、臨也が知っている男のイメージとは随分違う。長い瞼を伏せ、その目はずっと開かれることはない。
ピ、ピ、ピ、
何かの機械が彼の体に繋がれ、いくつものチューブが彼の生命を維持している。
臨也はそれを、黙って見ていた。
滑稽だ。
このチューブを外したら、どうなるのだろう。
湧き上がって来るそんな衝動を抑え、臨也は彼に顔を近付ける。静雄からは消毒液の匂いがした。
口を覆うマスクから、しゅうしゅうと酸素を送り込む音がする。もう自分では息することも出来ないのだろう。池袋最強とまで言われたこの男が、なんて様だ。
「こんなものをつけてたら、キスも出来やしないね」
臨也は口端を吊り上げて笑い、独り言を呟く。
そう、独り言だ。どんなに話し掛けたとしても、静雄は答えない。
あの声が臨也の名を呼ぶのを、随分と気に入ってたのに。
静雄が目覚めなくなって、もう一年は経つ。回復は殆ど絶望的と旧友に言われたことを、臨也は昨日のことのように覚えている。
あれから毎日、臨也は静雄の病室に見舞いに来ていた。見舞い、と言う言葉は当て嵌まらないかも知れない。日に日に弱って行く彼を、今日はまだ生きていると確かめに来ている。
「…シズちゃん。」
臨也は静雄の白い頬に唇を触れた。閉じたままの瞼が動いたように見えたのは、願望だろう。ただの。
もしあの頃、あの時に戻れるのなら。
高校生だった頃の、初めて会った時に。
「そしたら、俺は、」
臨也はその先を口にしなかった。口にしても無駄だと分かっていたから。
「…また来るね、シズちゃん」
愛してるよ。
最後にこれだけ耳に囁いて、臨也は病室を出て行く。
やがてコツコツと硬い靴音が廊下から遠ざかって行った。
ピ、ピ、ピ、
誰もいなくなった病室に、機械の音だけが響く。たまに聞こえるのは、酸素が送り込まれる音。
そんな中で、静雄の瞼がゆっくりと開かれてゆく。
真っ白な天井を見上げ、何度か瞬きをした。
「…い、」
臨也。
と呼ぼうとした名は、掠れて声にならない。
静雄は右腕を上げる。ぶちぶちと繋がれていたチューブが外れて行った。それを介することなく、ナースコールのボタンを押す。
意識が段々とはっきりしていく。静雄は真っ白な天井を見上げ、目を細めた。
あの頃になんて戻らなくたって、
俺は、


201011181327
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