ひとりぼっち






珍しく新羅が学校を休んだ。闇医者志望のくせに、風邪を引いたらしい。
その連絡を親友からメールで貰った静雄は、軽く息を吐いて携帯を閉じた。医者の不養生、と言う言葉を思い出す。新羅は確かに色々と不健康だったし(主に精神面が)自業自得だが、親友はさぞかし心配しているのだろうなと思った。
静雄は友人が少ない。
それを寂しく思ったことはないし、欲しいとも思わなかった。相手に合わせて話しをするのも、相手と遊びに行ったりすることも、自分には無縁だと思っている。
それでも新羅は毎日一緒にいて、クラスも三年間同じだ。その相手が居ないとなると、静雄とて多少は寂しさを感じていた。
授業中はともかく、休み時間は手持ち無沙汰だった。机に突っ伏して寝るか、ボーッと外を眺めるかしかない。いつもはうんざりする新羅の惚気話も、居なくなると寂しいものだ。
昼休みも一人で昼食をとらなくてはならず、屋上にでも行くことにした。
屋上はこの寒さのせいか、数えるほどしか生徒はいなかった。静雄はベンチに座ると、パンを取り出す。
「昼ご飯、たったそれだけ?」
呆れたような声に顔を上げれば、目の前に臨也が立っていた。
「なんだよ、わりぃかよ」
「いやあ…育ち盛りの青年の食べる量にしては少なくないかな?」
睨みつける静雄の視線を受け流し、臨也は口角を吊り上げる。表情とは違い、口調には揶揄は含まれていなかった。
「別に平気だ」
「そんな少食で良くあんな力が出るね」
臨也は本心から感心しているらしい。自身も紙袋からサンドイッチを取り出すと、静雄の横に腰を下ろす。
「何、気軽に隣座ってんだよ」
馴れ馴れしい臨也の態度に、静雄はギョッとする。何故普段殺し合いをしているような天敵が、自分の隣に座るのだろう。
臨也の方は肩を竦め、静雄の文句に何も答えなかった。サンドイッチを口にしながら、池袋の風景を眺める。その目は何か遠くに思いを馳せているようで、静雄はもう何も言えなかった。
屋上は静雄と臨也が顔を見合わせたその時から、誰もいなくなった。皆、避難したのだろう。そして昼休みが終わるまで、きっと誰もここにはやって来ない。二人だけの空間と言うわけだ。
「これも食べなよ」
黙々とパンを頬張っていた静雄に、臨也はサンドイッチを一切れ差し出した。もっと食え、と言うことなのだろうが、自分と同じくらい細い相手にそんなことされたくもなかった。
「いらねえ」
「美味しいよ?」
「そう言うことじゃねえ」
不機嫌に言い返し、静雄は手にしていた牛乳パックを啜る。
「足りるし平気だ。お前の方こそちゃんと食えよ」
静雄がそう言うと、臨也は僅かに肩を竦め、サンドイッチを口にした。
二人の間に沈黙が落ちる。珍しく厭味を言わない臨也と、珍しく怒りを表に出さない静雄。そんな二人は黙り込んだまま食事を続けた。その沈黙はギクシャクしたものではなく、雰囲気は居心地の良いものだった。
時折、暖かい風が吹いて互いの髪を揺らす。もうすぐ春になるのか、と静雄は空を見上げた。空はどこまでも高く、果てが見えない。陽光がキラキラと静雄の金髪を反射させ、臨也の方はそれに僅かに目を細めた。
「いつから染めてるの」
「あ?」
「髪」
臨也の問いに、静雄は無意識に自身の髪を撫でる。色を抜きすぎてパサついた感触がした。
「中学んとき」
「高校デビューじゃないんだ」
あはは、と笑う臨也に、静雄は小さく舌打ちをする。
臨也はその後も、色々質問をして来た。質問の大半が下らないものばかりで、そんなことを聞いてきてどうするのだろうと思う。
「え、なんか弱みでも握れたらと思って」
口端を吊り上げてシニカルに笑う臨也は、やはりいつもの臨也だった。
その答えにキレた静雄が蹴りを繰り出し、臨也がそれを避ける。いつもの追い掛けっこが始まるかと思いきや、昼休みを終えるチャイムが響き渡った。
「俺、次体育なんだよねえ。急がないと」
じゃあね、と臨也はさっさと屋上から居なくなる。
後に残された静雄も、何だか急に寂しくなった気がして、直ぐに屋上を後にした。
「なんだってんだ、あいつ…」
何しに屋上に来たのだろう。ただ一緒に昼飯を食べて、下らない話をして。嫌いな相手だと言うのに。
教室に戻り、次の授業の準備をしながら、そう言えばあっという間に昼休みが過ぎたことに気付く。一人でつまらないと思っていたのに、時間は短く感じた。
まさか。
静雄はピタリとその手を止める。
まさか、一人でいる静雄の為に、一緒にいてくれたのか。
新羅が居なくて、一人きりで食事をしなくてはならない静雄の為に?
…まさかな。
静雄は直ぐその考えを振り払う。嫌がらせばかりのあの男が、静雄の為にそんなことをするわけがない。
有り得ない。
そう思うのに、静雄の顔は見る見る赤くなってゆく。
…くそう。
顔が熱い。耳まで熱い。
静雄は今の顔を誰にも見られないように、机に突っ伏した。
授業が始まっても、当分顔は上げれそうになかった。

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