月は綺麗ですか、


音がして目が覚めた。
元々眠りは浅い方だったが、情報屋という職業柄のせいもあるだろう。何か異変があると直ぐに目が覚めるようになった。
大きなベッドの隣を見ると、いるはずの人物がいない。手で確かめるとまだ温もりがあった。まだ起きたばかりらしい。
ベッドから身を起こすと寝室を出た。リビングの窓が開いている。どうやらベランダにいるらしい。少しだけ風に乗って煙草の匂いがする。
案の定、静雄はベランダにいた。手摺りに手を掛けて、ぼんやりと空を見上げている。金の髪が風で揺れ、横顔は物憂い。
綺麗な顔だな。
臨也は静雄の横顔を見ながら思う。多分本人は分かっていないけれど、綺麗で優しい顔つきだ。不機嫌そうな顔と睨みつけるような眼差しのせいで、気付いている人間は少ないかも知れない。良く見れば弟とも似ているのに。
知ってるのは俺だけでいい。
臨也はそう思いながら窓枠に手を掛ける。静雄の横顔から視線を移し、空を見上げた。
空には満月が浮かんでいて、静雄は多分これを見ているのだろう。静雄の視線を捉えて離さない月にさえ、臨也は嫉妬する。
昔から。
そう高校の時から。
あの眼差しに見詰められたくて、臨也は静雄にちょっかいを出し続けて来た。結果それは成功し、静雄の殆どのベクトルは今、自分に向いている筈だ。臨也はそれを、少しも後悔していない。
「シズちゃん」
名を呼べば静雄が月から臨也へと視線を移した。臨也は内心それに歓喜に震えるのだ。表面上は涼しい顔をして。
「起こしたか」
「おいで」
臨也は手を伸ばす。静雄はそれに僅かに眉を顰めたが、煙草を消して近付いて来た。
腰に手を回し、抱き寄せる。首筋に顔を寄せれば、煙草の匂いがした。
「寒くない?」
「…平気、だ」
静雄の声が上擦っているのに臨也は知らない振りをする。指摘したら最後、怒り出すに違いない。
「部屋に戻ろうね」
優しくそう言ってやれば、こくっと頷いた。可愛いらしい。
静雄を部屋に入れながら、臨也は振り返る。真っ黒な夜空には丸い月。さっきまで静雄の視線を捉えていた存在。けれど今の静雄の頭には、月のことなんてもうないだろう。

ざまあみろ。

月に向かってそう呟いて、臨也は口端を吊り上げた。


201011171400
Title/人魚と柩

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