猫が足元に纏わり付いて来る。まだ子猫だ。
静雄は困ったように眉を顰め、地面にしゃがみ込んだ。
黒い猫の毛並みは滑らかで、静雄は壊れ物を扱うように頭を撫でる。温かい。
「飼えねえしなあ」
うーん、と困ったように首を傾げる。なぜだかさっきからずっと静雄の後を追いかけて来るのだ。可愛いし、動物は好きだが、アパートでは飼えない。
抱き抱えて顔を覗き込んだ。可愛い猫だ。けれど真っ黒なその姿はとある男を彷彿させて、静雄は心中穏やかではない。
「一人ぼっちなのか?」
母猫はいないのだろうか。こんな池袋の街で、こんな小さな猫は育ってゆけるのか。
「まいったなあ…」
静雄は猫を困ったように見るが、猫はニャア、と小さく鳴くだけだ。
「シズちゃんって猫より犬派じゃなかったっけ」
すぐ耳元で声がして、静雄は驚いて振り返った。
臨也が隣にしゃがみ込んで、じっと猫を見ている。
「臨也」
「飼うの?それ」
臨也は静雄を見て、口端を吊り上げた。口調は柔らかいけれどいつもの臨也だ。
「アパートだし無理だな」
静雄は臨也から視線を逸らし、猫を下ろす。ニャア、とまた鳴いた。
「中途半端に優しくするのは良くないよ」
「…分かってる」
ムスッとして静雄は口を噤む。どうせ飼えないのだから、慣れさせるわけにはいかない。
臨也はそんな静雄を見て笑い声を漏らし、猫を抱き抱えた。
「俺が飼い主を探してあげるよ」
この言葉に、静雄は驚いて臨也を見る。
「俺は情報屋さんだからね。すぐに飼える人は探せるさ」
それまで俺が預かるよ、と笑って。
静雄が目を丸くして自分を見ているのに、臨也は赤い目を細める。
「なんだい?」
「…お前でも優しいところあるんだなと思って」
「酷いなあ、シズちゃんは」
はは、と笑う臨也に、静雄は釣られて笑った。
静雄の普通の笑顔に、今度は臨也が目を丸くする。
「?、なんだよ」
「いや…」
首を傾げる静雄に、臨也は目を逸らした。静雄の笑顔が自分に向けられるのは初めてだったから。
「飼い主が見つかるまで預かるからさ、シズちゃん遊びに来なよ」
「…お前んちにか?」
静雄は嫌そうな顔になる。
「キャットフードとプリンを買って帰ろうね」
臨也は猫を抱き抱え、笑った。


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