「今日泊まって行かない？」

この言葉に、静雄はぴたりと動きを止めた。静雄はソファの一番端に座っていて、同じく反対側の端に座る臨也を見る。
臨也の方はと言えば静雄を見るわけでもなく、目の前にあるテレビをじぃっと見ていた。
テーブルに置いてあるグラスの中の氷が溶け、カランと音がする。

「…着替え持ってねえし」
「洗濯して乾燥機かければ直ぐに着れるよ。Ｔシャツくらい貸すし」
「明日の朝どうすんだ」
「明日休みだって言ってたじゃん」

二人の間に沈黙が落ちる。
テレビからは笑い声が引っ切り無しに聴こえていて、静雄はチラリと画面を見た。放映中の下らないお笑い番組。ゲストに聖辺ルリが出ていて、彼女は静雄でさえも知っているアイドルだ。こんな番組、ちっとも面白くないのに、臨也は先程から画面から視線を離さない。
時計を見ればもう１０時になりそうだった。帰るならそろそろ、と思っていた頃合いだったので、静雄は戸惑いを隠せない。
臨也のマンションには何度も立ち寄ってはいるが、泊まったことはなかった。何となく一度泊まったらもう駄目な気がしていたから。何が駄目なのかは自分でも良く分からないけれど。

「…何で？」
暫く思案して、静雄はそう口にした。何故今更泊まれなんて言うのだろう。お陰で静雄の心臓は今ドキドキとしてしまって、息が少し苦しい。
臨也はやっとテレビから視線を外した。静雄を視界に捉えると、赤いその目をすうっと細める。

「一緒に寝たいから」

この言葉に、静雄は動きも思考も停止した。
煩いはずのテレビの音が耳に入って来ない。見つめ合ったまま、数秒か数分なのか、ただ時が過ぎてゆく。
「…俺、は」
何かを言おうとして静雄は口を開いたけれど、何も言葉が出て来ない。臨也が本気で言っているのが分かっていたから、笑い飛ばすこともできなかった。
「どうする？」
臨也は再びテレビに視線を戻す。こんな話しをしながら、良くお笑い番組なんか見れるものだと思う。こっちは緊張してるってのに。
静雄はそう考えながら、唐突に気付いた。
臨也はちっとも笑っていなかった。ただじぃっとその赤い目を、瞬きもせずに画面に向けているだけ。
静雄はテーブルの上のリモコンに手を伸ばすと、テレビの電源を切る。臨也はそれに僅かに驚き、こちらを見た。
「…なあ、今出てたのなんとかって言うアイドルだよな？」
「…出てたっけ？」
静雄の問いに、臨也は首を傾げる。やはり見てる振りをしていたくせに、内容は頭に入っていないのだ。
馬鹿だ、こいつ。
緊張しているのはきっとお互い様なんだろう。テレビの内容なんて頭に入らないくらい緊張して、静雄にあんなことを言ったのだ。
静雄は思わず苦笑し、臨也はそれに眉を顰める。
「何？」
「いいぜ」
「…？」
「泊まっても」
静雄は僅かに頬を染め、臨也から目を逸らした。

「一緒に寝てやるよ」


へに様リクエスト　初めてのお泊りでお互い緊張しちゃってる臨静