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雨だ。
静雄は煙草を吸おうとしていた手を止めて、空を見上げた。空は鉛色に曇っており、小さな雨粒がぽつりぽつりとアスファルトに染みを作る。
静雄は手にした煙草を仕舞うと歩き出す。駅へと向かって。


鍵を開けると中は薄暗かった。どうやら助手の女はいないらしい。
雨で濡れた髪を乱暴にかき上げて、静雄はマンションの中へと入る。土足のまま廊下を歩き、真っ直ぐに寝室を目指した。一番奥の部屋。
寝室の扉はあっさりと開いた。中は廊下と同じく薄暗い。
寝室の奥、壁際にある大きなベッドの上に、臨也が丸くなって寝ていた。
ぽた、と静雄の体から雫が落ちて床を濡らす。静雄はそれを介せずに、ベッドに近付いた。
臨也はゆっくりと身を起こし、その赤い目に静雄を映す。その顔はまるで漂白されたように白く、表情は全くと言っていい程無かった。
静雄はびしょ濡れのまま、ベッドに腰掛ける。それは男二人分の体重が掛かり、ギシッと揺れた。
「何しに来たの」
臨也の声は冷たく、突き放すように部屋に響く。静雄はそれに答えず、手を伸ばして臨也の頭に優しく触れた。
「薬は?」
「効かない」
臨也が指差した方向を見れば、頭痛薬の瓶が転がっている。恐らく投げ捨てたのだろう。良く見れば薄暗いフローリングには、本や小物が散らかっていた。どれもこれも全て、臨也がやったに違いない。
臨也は雨の日になると、たまに情緒不安定になる。突然泣き出したり、笑い声を上げたり、感情が上手くコントロール出来ないようだった。
不意に頬を殴られた。パシン、と平手打ちの音が寝室に響く。静雄がゆっくりと顔を上げれば、臨也がこちらを無表情に見ていた。赤い目は酷く冷たい。
「帰れ」
そう冷たく言われ、静雄は口を開く。
「ここにいる」
「いらないよ。帰れ」
臨也は尚もそう言った。頭が痛むのか、たまに顔を歪ませながら。
「それはお願いか?」
「命令だよ」
「分かった」
静雄は頷き、ベッドからゆっくりと立ち上がる。静雄が座っていた場所は、しっとりと湿っていた。
コツ、と革靴の足音を響かせて、静雄は寝室を出て行く。
玄関に行き、扉に手を掛けると、後ろから突然抱きしめられた。静雄は驚いて動きを止める。
「臨也、濡れるぞ」
「構わない」
臨也の白い手が静雄の腹に巻き付いた。熱い吐息が、首筋に触れる。
「シズちゃん」
「なんだ」
「傍にいて」
頭が痛いんだ。と、臨也は腕に力を込めた。
静雄はその手を掴み、振り返る。そして正面から臨也を抱き締め返した。
「それは命令か?」
「お願いだよ」
臨也は体を離すと微かに笑う。静雄はそんな臨也を見下ろし、優しく目を閉じた。


尊師様リクエスト 雨の日は情緒不安定に なっちゃう臨也
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