好きじゃない




好きじゃない。


暗闇の中で抱き合いながら、相手はこんな事を言う。
肩が震えている。背中に回された手も。ひょっとしたら泣いてるのかも知れないと思ったが、頬は濡れていなかった。
お前なんか好きじゃない。
静雄はまた、こんな事を言う。
好きじゃない。
死ね。
うるさい。
殺す。
うざい。
嫌いだ。
嫌い嫌い嫌い嫌い大嫌い。
繰り返されるそれは、自分に言い聞かしているみたいだ。
抱きしめた腕を強くすれば、静雄の体が微かに身じろいだ。
身長差のせいで、臨也は肩口に額を押し付けることしかできない。本当はこの金の髪に顔を埋めたかった。
薄暗い、大きな窓のある部屋で、臨也は静雄を抱きしめる。細い体。手首も腰も肩も、びっくりするぐらいに細い。こんな華奢な体で自販機を投げるのだから大したものだ。
好きじゃない、と静雄はまた繰り返した。嫌いだ、とも。
ずっと黙っていた臨也は、やっと口を開く。
「シズちゃん」
名を呼んだだけで、静雄の体がびくりと動いた。まるで怯えているみたいに。
「俺は好きだよ」
そう囁くと、静雄は顔を伏せる。臨也の肩に、熱い吐息が当たった。
好きだよ。好きだ。好き。
この簡単な言葉は、どうやったら君に届くのだろう。いや、本当は届いているのかも知れない。相手が認めないだけで。
好きじゃない。
好きだ。
好きじゃない。
好きだ。
好きじゃ…
段々と、静雄の声が小さくなる。臨也はそれでも好きだと繰り返した。
早く、その可愛らしい唇で、俺の名を呼べばいい。
好きだって、認めればいい。俺の物になってしまえばいい。
少し体を離して、顔を覗き込んだ。静雄は目を伏せている。表情は暗くて良く分からない。
臨也はその唇に、ゆっくりと口づけた。唇は、甘い。


101023 07:12
×
- ナノ -