専用




静雄はぼんやりと、目の前で電話をする男を見ていた。
真っ白で華奢な指。人差し指には、シルバーのリングが嵌められている。伏せた瞼は睫毛が長く、時折見え隠れする赤い目が印象的だ。
少し高めの声は落ち着いていて、相手に敬語を使って話している。仕事の顧客なのだろう。普段静雄が聞かない臨也の口調だ。
静雄は頬杖をついて、窓の外を見た。
空は薄暗く曇っている。雨は降らないだろうが、青空にもならない天気。きっと今日はこのまま曇り空で一日を終えるだろう。
臨也がまだ話している最中に違う携帯電話が鳴った。臨也は話しながら、ポケットから電話を取り出す。
一体何台持っているのか。
静雄は半ば呆れ気味にそれを見ていた。
臨也の目の前にはコーヒーカップが置いてあったが、きっとそれはもう冷めているだろう。冷めたコーヒーは酷く不味い。
全ての電話を終え、臨也が息を吐く頃には、静雄はとっくに飲み終わっていた。

「お前何台携帯あんの」
「10台以上は」
「……」

何故そんなに必要なんだろう。静雄には理解が出来ない。恐らく相手によって使い分けているのだろうが。
臨也は冷えたコーヒーを口にする。不味いだろうに表情には全くそれは表れなかった。
静雄はもう何も言わず、ただ黙って外を見る。こんなどんよりと暗いのなら、雨でも降ればいいのに。

「怒ってるの」
「なんでだよ」
「電話してたから」
「仕事だろ」

静雄はそう言って、左腕に嵌めた時計を見た。まだ意外に早い時間だ。外が暗いせいか、もっと遅いと思っていた。
珍しく、静雄も臨也も私服だった。久々のオフだったので、二人で出掛けることにしたのだ。出掛けると言っても、池袋をブラブラとするぐらいだったが。
そのオフに仕事してるんじゃ、オフって言わねえよな。
静雄はそう思ったが、口には出さない。時計から顔を上げ、再び外を見た。曇り空のせいか、なんだが風景が褪せて見える。

「雨が降る前に帰ろうぜ」
「まだ早くない?」
「だから降る前に」
「シズちゃん」

不意にテーブルの上に置いていた手を掴まれ、静雄は驚いて臨也を見る。臨也は少しだけ不機嫌そうな顔をしていた。

「やっと俺を見たね」
「…何が」
「ずっと俺を見てくれなかったから」

やっぱり怒ってるんだねえ、と臨也はそう言って、ポケットから携帯を出した。
一台、二台、三台、四台…と、四つの携帯を並べる。

「…何してんだよ」
「電源切るから許してよ」

臨也はそう言って、一台ずつ携帯の電源を静雄の前で切っていく。

「…仕事に支障出ても知らねえぞ」
静雄は困ったような顔をして、それを見ていた。僅かに頬が赤い。
「シズちゃんの方が大事だし」
臨也は口端を吊り上げて笑った。
「で、これさ」
更にポケットから携帯を取り出した。五台目。
「これは電源入れておくから」
臨也はそう言いながら、携帯を開いて見せる。静雄はそれを覗き込んだ。
中の電話帳は、一件だけ。

「これ、シズちゃん専用の携帯なんだ」

臨也はそう言って笑った。


101021 17:24
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