嫌い




好きだよ、と。
簡単に口にするこの男が嫌いだ。
抱き寄せられ、耳元に囁かれて、静雄は目を伏せる。
心臓はドクドクと早鐘を打っていた。この鼓動が相手に伝わらなきゃいいと思うけど、きっと相手は分かってるんだろう。
「シズちゃんは?」
少し体を離して、臨也の赤い双眸が覗き込んで来る。酷く端正な顔に、綺麗なその目。見透かすみたいなそれは、静雄には少し苦手だ。
「俺は嫌いだ」
何度聞かれても、静雄はこう答える。
嫌い、嫌い、嫌い。絶対に好きだなんて言ってやらない。言ったらきっと、終わってしまう。この生温い関係が。
いつも通りの答えに、臨也は片眉を吊り上げた。ふうん、と一言呟いて、静雄から体を離す。不機嫌な声。
体を包む温もりが消え、静雄は顔を上げる。臨也の不機嫌な顔と目が合った。
「なんだよ」
「じゃあ俺も、シズちゃん嫌い」
口端を吊り上げて、臨也は目を細める。静雄の目を見つめたまま、ゆっくりと一歩後ろへ退いた。
「俺ばかりってのは、フェアじゃないからね」
だから今日から嫌いになるよ、と言って笑う。とても楽しそうに。
臨也のその言葉に、静雄は目を伏せて悪態をついた。嫌いと言う言葉が少しだけ胸を抉ったが、気付かない振りをする。
黙り込んでしまった静雄に、臨也ははあっとわざとらしく溜息を吐いた。
「そんな傷付きましたって顔しちゃってさ」
腕を伸ばして、静雄の手首を掴む。静雄の茶色の目が、驚きで丸くなった。
「自分は言うのに、俺が言うのは傷付くんだ?」
そのまま手を引き、細い腰に腕を回して抱き寄せる。
「誰も傷付いてなんかねえよ」
そう言った静雄の声は微かに掠れていた。ひょっとしたら指先も震えているかも知れない。
「ごめんね、ちょっと意地悪したよ」
臨也は低く笑って、静雄の頭を撫でた。金の柔らかな髪から、微かにいい香りがする。
「…うぜえ」
静雄がうんざりしたように言うのに、臨也は目を閉じる。
「シズちゃんが口にしなくたって、俺にはお見通しだから」
そう言ってまた笑う臨也に、静雄はまたウンザリと舌打ちをした。


101019 19:51
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