独り





街は喧噪で溢れている。人の笑い声、店の音楽、車のエンジン音。
どこもかしこも街には人がいて、少し歩けば肩と肩がぶつかり合う。それでも誰も気にすることなく、人は皆それぞれの道を歩き進んでいる。好きな洋服を着て、好きな話題を口にして。
こんな東京の忙しない街ではそれは当たり前だ。
静雄はぼんやりと煙草を燻らせながら、街の雑踏に佇んでいた。
空を見上げればもう真っ暗だった。池袋の空には星など殆ど見えない。街が明る過ぎると星は皆かくれんぼをしてしまう。
人混みは嫌いだ。
口から紫煙を吐き出して、静雄は街の風景を眺めた。行き交う人々は皆何を考えて先を急ぐのだろう。それは家だったり、愛しい者にでも会いにでも行くのだろうか。
人が多い所にいると、不意に自分が世界に取り残されたような感覚に陥る。このたくさんの行き交う人々は、自分にとって他人だ。他人と言うカテゴリーの中に、自分だけが一人で立っている。なんて滑稽なんだろう。

「シズちゃん」

嫌な愛称で呼ばれ、顔を上げる。雑踏の中に臨也が立っていた。いつもの格好で。
「寂しいの?」
不意にこんなことを聞いてくる。口端を吊り上げて、嫌な笑みを浮かべていた。
街にはこんなにたくさんの人間がいるのに、君は寂しいのかい?
ああ、そうか。
静雄は唐突に気付く。これは『寂しい』と言うのか。これが寂しいと言う感情か。
臨也の赤い目は、静雄の目を真っ直ぐに見ていた。そこには揶揄の色はなく、真摯な眼差し。
静雄はただじっと、臨也を見返すだけだ。
「シズちゃんには俺がいるじゃない」
臨也はそう言って手を差し出して来る。漂白したみたいな、真っ白な手。
静雄は臨也のその言葉に、目を伏せる。
この自分が寂しいだなんて、滑稽だ。人がたくさんいればいる程、寂しくなるだなんて。
臨也のこの手は、悪魔の手だ。きっとこの手を取ったら、自分は駄目になる。


「お前の手を取るぐらいなら、独りでいい」


101017 00:30
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