読書の秋





芸術の秋。
食欲の秋。
読書の秋。
さまざまな形容があるが、静雄は今だけは三番目の秋だった。

新宿の紀伊國屋で、静雄はさっきから本を見ては戻しを繰り返しをしていた。
池袋よりも色んな人間がいるこの街でも、金髪にバーテン服が本屋にいるのは大層目立つ。
パラパラと本をめくり、またそれを本棚に戻す。また違う本を取ろうと腕を伸ばした時、その手を掴まれた。
「偶然だね」
静雄の手を掴んだ相手はそう言って笑った。眉目秀麗な顔で。
「臨也」
「君が新宿にいるのは珍しい。それも書店だなんて」
口調は普通なのに表情は厭味ったらしい。静雄はこの男の笑みが大嫌いだった。
「仕事で新宿来たついでだ。あっち行けよ」
掴まれた手を振り払う。
「シズちゃんって意外に読書家だよね。高校の時も結構読んでたし」
素っ気ない静雄にも、臨也は全く気にしない。
静雄は逆に、自分が本を読んでいたことを知っている臨也に驚いた。
「何で知ってるんだよ」
「俺はシズちゃんのことは何でも知ってるよ」
臨也は口角を吊り上げて笑う。
「だって昔から俺はシズちゃんを見ているから」
「…きめえ」
少しだけ真摯な目をした臨也に、静雄は目を逸らす。たまに見せる臨也のこんな態度は苦手だ。
「シズちゃんはいつまでそうやって逃げるんだろう」
臨也は低く笑い声を漏らす。酷く楽しげに。
静雄は何も言わなかった。ただ苦々しげに眉を顰め、唇を噛み締める。
臨也もそれ以上何も言わず、隣で本を物色し始めた。
長く華奢な臨也の指先が本のページをめくるのを、静雄は黙って見ている。
「シズちゃん」
自分を見詰める静雄を見返すことなく、臨也はまた口を開いた。
「いつまでも逃げられないよ」
パタン、と本を閉じる。
「俺は逃がさないから」
臨也はそう言い、これお勧めだよ、と静雄に本を差し出した。にっこりと笑って。
「……」
静雄はそれを受け取り、臨也の目を見る。臨也の目はじっと静雄を見詰めている。揺らぐことなく。
「…これ、持ってんのか」
「そう」
臨也の言葉を聞き、静雄はその本を本棚に戻した。
「じゃあ貸せよ。…お前んち取りに行くから」
静雄がこう言うのに、臨也は目を僅かに見開く。そしてそれは直ぐに細められた。
「今から来る?」
「ああ」
頷く静雄の手を、臨也は掴んで歩き出す。静雄はそれに黙って従った。
本当は。
新宿に仕事なんて嘘だ。
そしてそれを臨也が知っていることも、静雄は分かっている。
臨也が本屋に来た偶然なんて有り得ないことも。
二人は手を繋いだまま、本屋を後にした。


101007 22:31
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