独り言





「9月も終わりだねえ」
臨也がそう言うのに、静雄は顔を上げた。
言い出した臨也はカチカチと何やら携帯を弄っていて、顔を上げもしない。
「秋だなあ」
独り言なのだろうと判断して、静雄はまた雑誌に視線を落とす。臨也の顔を一秒以上見ると苛々する。
外は薄い青空が広がっていた。白く切れ目が多い雲と共に。良い天気だ。
こんな気持ちがいい天気の日に、二人は進路指導室にいた。学校の器物破損への説教をこれから受けるのだ。
しかし呼び出した肝心の教師が来ないのでこうして暇を持て余している。
静雄は目の前の男を意識しないようにして、先程から雑誌を読んでいた。週刊の少年漫画。静雄は漫画はあまり読む方ではなかったけど、暇を潰すには便利だ。
「聞いてる?シズちゃん」
携帯からやっと顔を上げて、臨也が同意を求めて来る。どうやら独り言ではなかったらしい。
「黙れ」
静雄は今度は雑誌から目を離さなかった。
本当に臨也はお喋りな男だなと思う。放っておけばいつまでもベラベラと話していそうだ。
「栗、食べたい」
「……」
大人しくしていればいいものを、臨也は一向に黙らない。さっきから独り言のように繰り返される言葉。静雄はとうとう閉口した。
「知ってる?あんなに剥きづらいのは日本の栗だけなんだって」
「……」
静雄はなるべく臨也の話を聞かないように努めることにする。苛々が溜まるばかりだ。
「梨も食べたいなあ。秋は美味しいものが多いよね」
「……」
「秋ってなんか物悲しいよねえ」
「…手前それ全部独り言だよな?」
何故俺は。
こんな所にこんな奴とこんな話を聞かねばならないのか。
静雄は雑誌を閉じた。
「帰る」
これ以上待ってられない。帰ろう。後からまた説教を受けるだろうが構わない。
「シズちゃん」
臨也が出ていこうとした静雄の手を掴んだ。静雄は眉間に皺を寄せて振り返る。
「なんだ」
「独り言だけど、」
「はあ?」
臨也は赤い目でじっと静雄を見上げた。静雄はそれに、本能で警戒を強める。
「好きだよ」
「……」
静雄は目を丸くした。臨也はそれに口角を吊り上げる。
「これも独り言」
「…そうかよ」
静雄は手を振り払い、扉を開ける。そしていつもより早足で廊下に出て行った。
臨也はそれを見届け、軽く息を吐く。手にしていた携帯をポケットへしまい込んだ。
「…俺も帰ろ」
誰もいなくなった部屋でそう呟く。
これは本当の独り言だった。


100930 08:31
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