7DAYS




六日目B


「こう言うとこ初めて?」
物珍しげにキョロキョロと室内を見回す静雄に、臨也は笑う。
「ああ。窓ないんだな」
「普通のホテルと違うからね」
静雄はベッドに上がったり、浴室を見に行ったり忙しい。カラオケやゲームもあるのに驚いたようだ。
「何か歌う?」
「興味ない」
「だよねえ」
静雄がカラオケを楽しむ姿など、臨也には想像できない。
まだ見て回る静雄を放っておき、臨也は浴室に入った。大きなバスタブにお湯を張ると、真っ白な湯気で視界が遮られる。
「風呂でけえ」
浴室の半透明な扉から、静雄が目を丸くして覗いて来た。
「二人で入る為なんじゃない」
臨也はそう言って口角を吊り上げる。「シズちゃん、一緒に入る?」
「誰が入るか」
静雄は顔を赤くして睨み、さっさと浴室から出て行く。臨也はそれに、ははっと笑い声を上げた。
可愛らしいものだな、と思う。あの平和島静雄が頬を赤らめる姿など、見たことがある人間は少ないだろう。
温かいお湯に手を入れながら、臨也は考える。明日で終わるこの関係も、何か得るものはあったのだろうか。静雄に関する情報は増えた、けれどそれ以上に自分の何かを失った気がする。
いや。
失ったのではないかも知れない。変わったのか。
どれくらい考え込んでいたのか、バスタブから湯が溢れて慌てて止める。
臨也はそれに思考を中断し、浴室から出た。
「シズちゃん、先にお風呂入りなよ」
部屋に戻り声をかけると、静雄がベッドに寝転がっていた。その顔は赤く、手にはリモコンを持っていて、臨也が来て慌てたようだ。
「…どうしたの」
「テレビつけたら…その…」
静雄は歯切れが悪い。
それでもう臨也には分かってしまった。
「ああ、AVとか見ちゃった?」
「……」
臨也の言葉に静雄は黙り込む。図星だったらしい。
「こう言うところは普通に見れるからね」
真っ赤な顔の静雄を見ながら、ひょっとしてアダルトビデオを見るのは初めてなのかと考える。今時の高校男子が珍しい。静雄らしいなと臨也は思った。
「取り敢えずお風呂入っておいでよ」
「あ、ああ」
ギクシャクとした様子で静雄はベッドから立ち上がる。その顔はまだ赤くて、臨也は笑ってしまった。



臨也が風呂から上がると、先に上がっていた静雄がベッドの上で丸くなっていた。濡れた髪を乾かしもせず、寝入ってしまったらしい。
「しょうがないなあ…」
臨也は苦笑して布団を静雄に掛けてやる。寝息で肩が揺れていた。長い睫毛が時折ぴくりと揺れる。
臨也は静雄の濡れた金の髪を撫で、その寝顔を見下ろした。こうして見るとまだ幼さが残る顔をしている。優しい寝顔。
「今だけは恋人なんだから、本当は抱かれても文句は言えないんだよ」
口端を吊り上げて、臨也は静雄の耳元に囁く。静雄は目を覚まさない。
臨也は身を屈め、その頬に口づけた。
「おやすみ、シズちゃん」
そう言い残し、髪を乾かす為に浴室へと戻って行く。
臨也が居なくなると、静雄はうっすらと目を開いた。顔が火照って熱い。きっと今の自分の顔は真っ赤なんだろう。最悪だ。
静雄は寝返りをうち、天井を見上げた。趣味が良いとは言えない壁紙だ。ラブホテルなんてこんなものなのか。
何をしているんだろう、自分は。こんな、海の側のラブホテルなんかで。眠ろうと思うのに、ちっとも眠くない。試しに目を瞑っても、眠りは訪れない。
「やっぱり起きてたんだ」
ギシッとベッドが揺れて、急に背中から抱きしめられた。静雄はびくっと体を強張らせる。
「眠れないの?」
臨也の声が、耳に直接入り込んで来る。吐息がうなじに触れた。
「…まあな」
静雄は僅かに身を捩るのに、臨也は体を離す。
「まあ、まだ時間的には早いしね」
臨也の言葉に静雄は体を起こした。ちらりと時計を見れば、まだ8時前だ。なるほど、確かに寝るにはまだ早いだろう。
ふと、ベッドのサイドテーブルに置いていた携帯が光っているのに気付く。メールの着信を知らせるもの。
弟か親友か、だろう。携帯を取ろうとして、伸ばした手を、不意に臨也に掴まれた。
「おい、」
驚いて見れば、臨也が酷く真剣な顔をして静雄を見ていた。掴まれた手を引き寄せられ、抱きしめられる。
「携帯なんていいよ」
「…臨也?」
「今は俺だけを見てなよ」
恋人なんだからさ。
臨也が静雄の金髪に顔を埋める。まだそれは濡れていて、少し冷たかった。
静雄の心臓がバクバクと音を立てる。臨也の温もりが身近に伝わって、静雄は体が震えた。
きっと自分の早い心臓の音は、臨也には聴こえているんだろう。静雄はそれが嫌で、臨也の腕から逃れようとする。
「シズちゃん」
臨也の手が静雄の肩を押し、ベッドにそのまま倒された。ギシッとスプリングが揺れて音を立てる。
驚く静雄に、そのまま臨也の唇が重なった。薄く開いた濡れた唇に、臨也の舌が入り込む。怯えて奥に隠れる静雄の舌を、見つけ出して優しく吸いつく。クチュ、と水音が部屋に響いた。
「ん…ふ…、あ…」
離されては重なる唇。
その度に静雄の口からは甘ったるい声が出る。こんな自分の声なんて、聞きたくないってのに。
臨也の手が静雄の胸元に入って来た。冷たい指先が、胸の突起を掠めてゆく。
ホテルの簡単な衣服は前をはだけられ、直ぐに脱がされた。その間にも臨也の口づけは止まらず、静雄は頭がぼうっとして何も考えられない。
「怖い…?」
僅かに震える静雄の手を取って、臨也は目を覗き込んで来た。
臨也の赤い双眸は情欲にまみれ、唇は唾液で濡れている。吐く息は熱く、少しだけ不規則だ。
静雄はその目から逃れるように顔を背ける。臨也に掴まれた自分の手は、確かに震えていた。
「抱くのか…」
口から出た声は掠れて、低い。
「うん」
臨也はあっさり肯定し、静雄の細い腰を撫でる。静雄はそれに、ギュッと目を閉じた。その顔は赤い。
「駄目かな…?」
臨也の唇が静雄の頬に触れ、そのまま首筋に降りてゆく。吸い付き、噛み付いて、鎖骨や肩口に痕をつけてゆく。静雄はそれに唇を噛んで堪えた。
何か言葉を口にはせず、静雄は臨也の首に腕を回す。それに一瞬臨也の体が動きを止めたけれど、また直ぐに唇の動きは再開された。
「いいの?シズちゃん。もう、」
止まらないよ。
そう静雄の耳元に囁いて、優しく耳朶を甘噛みする。舌を穴に挿入させ、ねっとりと舐め上げた。
静雄ははあっと熱い吐息を吐いて、潤んだ目で臨也を見上げる。臨也の赤い目と視線が合って、ガラスみたいなそれに映る自分に眩暈がした。
「だって今は恋人なんだろ…」
そう口にして、静雄はまた目を伏せてしまう。羞恥で耳まで熱い。臨也の顔をまともに見れない。
臨也はもう何も言わなかった。ただ何も言わず、静雄の髪を優しく撫で、ゆっくりとまた唇を重ねた。


101005 11:12 11/10加筆
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