7DAYS






六日目@


『遊園地とか水族館とか映画見るとか』
「男同士でか」
『恋人だし』
「……」
『じゃあ、』

海でも見に行こうか。



前日に電話で交わされた会話を、静雄は少し後悔していた。
「さみぃ…」
初冬の海は当然ながら人はおらず、波が冷たく押し寄せて来る。太陽が出ている事が救いだったが、海風は容赦なく冷たい。
臨也はポケットに手を入れて、静雄の一歩前を歩いていた。強風でコートが揺れる。真っ青なマフラーも。
砂に足を取られ歩きづらい。静雄はスニーカーで来てよかったな、と思う。さすがにこんな寒さでは波に足を浸ける気も起きなかった。
「さみぃ」
本日何度目かの同じ台詞を口にして、静雄ははあっと白い息を吐く。それは海風のせいであっという間に消えた。
「遊園地の方が良かった?」
臨也が振り返ってからかうように笑みを浮かべる。静雄はそれに、女や子供じゃあるまいし、と悪態を吐いた。
臨也は笑ってまた海へと歩く。すると突然立ち止まり、海に入る気なのか靴を脱ぎ始めた。
「臨也、」
「少しだけ」
眉を顰める静雄に、臨也は口端を吊り上げる。静雄の肩に手を置き、ゆっくりと裸足になった。
黒のパンツの裾を捲り上げ、そのまま裸足を海へと入れる。波が臨也を通り抜けて、静雄がいる場所までやって来た。
「冷たくねえの」
「冷たいよ」
臨也はパシャパシャと水音をさせ、波打ち際を歩く。水に浸った足は、酷く白く見えた。病的な程に。
静雄はしゃがみ込んで、海水に手を入れてみる。それは思っていた通り、冷たかった。
「恋人と海を見るとかロマンチックなシチュエーションだなと思ったんだけど」
これだけ寒かったら駄目だよねえ。臨也はそう言って静雄を振り返る。赤い目が酷く穏やかに自分を見るのに、静雄は僅かに眩暈を感じた。
こんな目で。
折原臨也が自分を見る時が来るなんて。
全て悪い夢な気がした。殺したい程に嫌悪していた相手と、こんな風にいることが。
一緒に登下校したり、昼食を食べたり、電話で話したり、キスをしたり。恋人同士がするを行為をしている。これは罰ゲームだと分かっているのに、静雄はそれさえも稀薄だ。どれが本当か嘘か分からない。錯覚する現実。相対する二つの感情。
静雄は臨也の繋ぐ手が嫌いじゃなかった。赤い双眸が穏やかに笑うのも、電話での声も、触れるだけのキスも。けれど、やはり胸の奥はチリチリと炎が燻ってるのだ。嫌悪、憎悪、敵意、反感、そう言うマイナスなもの。
臨也はどんどん波打ち際を歩き進む。静雄は置いて行かれていることに舌打ちをし、早足になった。
「臨也」
「なに」
「風邪引く。もうよせ」
何だか本当に置いてきぼりにされる気がして、静雄は臨也の肩を掴む。臨也はそれに振り返り、少し驚いた顔になった。
「どうしたの」
「何が」
「シズちゃん」
臨也は首を傾げ、静雄の頬に手で触れる。冷たい指先。
「何だか泣きそうだ」
そう呟き、臨也は静雄に顔を寄せた。長い睫毛を伏せて、ゆっくりと。
端正な顔が近付いて来るのに、静雄は目を見開く。だけど吐息が触れる頃、静雄は黙って目を閉じた。


101004 00:52
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