傍観者と脇役






静雄の視線がゆるりとさ迷って、何かに止まるのに新羅は気付いた。
なんだろう、と思って見てみれば、新羅の数少ない友人の一人が渡り廊下を歩いていた。
彼は私服がOKなこの学校では珍しい学ラン姿をし、その眉目秀麗な顔からとても目立っている存在だった。
臨也は珍しく笑っている。クラスメイトと一緒だ。確か門田、とか言う名前だった気がする。たまに新羅も話したことがあった。
静雄は新羅も見ているのに気付き、罰の悪そうな顔をして視線を逸らした。
そのまま少し早足になる静雄に、新羅は慌ててついて行く。
ふと振り返れば、渡り廊下の方に居た臨也がこちらを見ていた。
臨也は新羅と目が合うと、口端を吊り上げて笑う。その目が遠くからでもとても冷酷で、新羅は少し寒気がする。
それでも新羅はにっこりと微笑んで臨也に手を振り、静雄の背中を追いかけて走った。



臨也が突然立ち止まったので門田は振り返った。
じっと窓を見ているのに、釣られて外を見る。
中庭を挟んだ向こうの廊下に、金髪の青年と眼鏡の青年がいた。この学校で有名な三人のうちの二人だ。平和島静雄と岸谷新羅。
新羅はこちらに気付いていたらしく、振り返って手を振ってくる。それからさっさと先を行く静雄を慌てて追い掛けて行った。
臨也はそれを最後まで見送ると、門田の方へ笑みを浮かべ、また歩き始めた。



パシン。
と少し高い音がして新羅は本から顔を上げた。
殴ったのは臨也。殴られたのは静雄。と言う珍しい光景だと気付くのに、時間はかからなかった。
図書室に居た新羅と静雄に、話しがあると言って臨也がやって来たのは少し前のことだ。
臨也は嫌がる静雄を窓際の方へ連れていった。
新羅は気を使ってなるべく二人を見ないようにして本を読んでいたのだが、そこへ先程の音が響いたと言うわけだ。
静雄は驚いた顔をして殴られた頬を押さえる。
臨也の方は珍しく真顔だ。
やがて静雄の顔が段々と不機嫌なそれに変わり、何やら悪態をつくと新羅を置き去りにして出て行ってしまった。
臨也はため息を吐く。新羅の方を見て苦笑し、これまた新羅を置いて出て行った。


門田が誰もいない屋上で文庫を読んでいると、バタバタと階段を駆け上がる音がして、静雄がドアから飛び出してきた。
静雄ははぁはぁと肩で息を整え、キョロキョロと辺りを見回す。門田は何故か咄嗟に校舎の影に隠れてしまった。
静雄は誰もいないのに安心したのか、フェンスにもたれ掛かって座り込む。何だか悲しそうな顔だ、と門田は思った。
またバタバタと階段を上る音がした。今度出て来たのは自分と同じクラスの折原臨也。校内の目立つ三人のうち、最後のひとり。
臨也は静雄の方に真っ先に走って行った。静雄はと言えば臨也を見るなりとても嫌な顔をして、校舎に再び入ろうとする。
そんな静雄の腕を掴んで、臨也はフェンスに静雄の体を縫いとめた。
カシャっ、とフェンスに腕をつき、逃れられなくしたようだ。
何やら言い争っているようだが、門田の方には聞こえない。
やがて臨也が静雄の頭を掴み、明らかに口づけと思われる行為をした。
門田が驚いてる間に静雄は臨也を突き飛ばす。
静雄の力で突き飛ばされて臨也は転がり、顔を真っ赤にした静雄はそのまま走って校舎に逃げていってしまった。
臨也は立ち上がるとポンポンと学ランの埃を払う。そして真っ直ぐに門田の方を見て笑う。
人差し指を唇の前に立ててシー、と片目を瞑り、静雄の後を追うように扉の中に戻って行った。



新羅はさすがに静雄とも臨也とも長い付き合いなので、最近の二人の雰囲気に気付いていた。
だが傍観者を気取る新羅は何も言わない。それが自分のポジションだと弁えていた。
臨也が静雄に執着しているのは分かっていたし、静雄がそれに多少怯えていることも分かっていた。その怯えが臨也にではなく、自分自身に向けられていて、それを臨也が知っていることも。
新羅は二人に何も言わない。ただ成り行きを見守るだけだ。極端な話、二人がどうなっても自分の立場は変わらないのだ。



門田はあの三人とは別段仲が良いわけではない。折原臨也には嫌な愛称は付けられたが、あまり関わりたくない人種なのは間違いなかったし、平和島静雄とやり合って勝つ自信なんてのも皆無で、二人の間でにこにこしてる岸谷新羅には薄ら寒いものさえ感じている。
例え何かを目撃してもそれを軽々しく言うほど馬鹿ではない。特に静雄と臨也に関して何かを話そうものなら、きっと何かしらしっぺ返しが来るだろう。静雄からは肉体的暴力を。臨也からは精神的苦痛を。
門田は傍観者でもない。ただの一般人だ。自身は脇役でいいと思っていた。






静雄は自分が折原臨也に対して何かしら特別な感情を抱いていることに気付いていた。それが憎悪なのか愛着なのか分からず、少しジレンマに陥ってる。

シズちゃんと新羅って仲良いよね

そんな風に言われて気持ち悪かった。嫉妬しているのだと相手は言った。
新羅はなんのかんの言って静雄の大切な友人の一人だ。こいつも新羅とは友人の筈で。何でこんなことを言うのかさっぱり分からない。気持ち悪い。
大体嫉妬と言うのは何なのだろう。何故こいつが嫉妬なんてするんだ。
抱きしめられて、口づけられて、怖くなった。捕まりたくなかった。
気付かない振りをしていたかった。耳を塞いで目を閉じていたかった。
なのに相手はいつも正確に静雄の位置を捉え、捕獲する。
いつまで逃げられるのだろう。

怖い。






臨也は自分が平和島静雄に対して執着していることに気付いていた。それが憎悪なのか愛着なのかずっと分からなかったが、最近一つ結論を出した。
静雄が共通の友人とばかりいるのに、どろどろと嫌な感情を抱いた。臨也はそれが何なのか理解したのだ。
それを伝えると、相手はとても嫌な顔をした。嫌な顔をし、悪態をつき、

お前だっていつも他の奴といるじゃないか

と言われた。
他の奴と言うのが良く分からなかったが、相手が自分と同じ感情を抱いているのが分かった。
臨也は歓喜し、完全に自身が持つ気持ちを理解した。同時に相手の気持ちも。
抱きしめれば何かが満たされるのを感じた。口づければ指先まで喜びで震えた。
相手が怯えたような目をするのにさえ、臨也は眩暈がするくらい嬉しかった。
早く早く堕ちればいいのに。
早く自分と同じ場所まで堕ちればいい。そしたら離さないのに。抱きしめたまま、ずっと。

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