助けて






あ。

それはまるでスローモーションのようだった。
臨也がふわりと落ちて行くのに、静雄は目を見開く。臨也は口角を吊り上げて笑っていた。命が危ないその時でも。
静雄は腕を伸ばして臨也の細い手首を掴む。落下しかけていた臨也の体が、静雄によって支えられた。
高い廃ビルの屋上で、風に煽られながら、二人の男がぶら下がっている。
「離せばいいのに。シズちゃんは馬鹿だなあ」
臨也は笑う。死ぬことなんて怖くないみたいに見えた。
「うるせえ」
静雄はそう言って臨也の体を引き上げた。どさっと鈍い音が屋上に響く。
「あははっ、投げ出された方が痛い」
コンクリートの床に転がって、臨也は笑い声を上げる。
何がそんなに可笑しいのだろう。本当に折原臨也は静雄にとって考えが理解できない。
臨也を無理矢理掴んで引っ張り上げたせいで、少し左腕が痛む。静雄はしかめっつらになって腕を回した。
「痛むの」
「うるせえ」
手前のせいだろうが。
そう言いたいのを飲み込んで、手を開いたり閉じたりしてみる。ズキンと手首が痛んだ。
「助けなきゃ良かったのに」
「うぜえ」
「俺が死んだ方が嬉しいくせに」
「うるせえよ」
「腕なんか痛めてさ。馬鹿みたい」
「黙れ」
静雄が痛んでいるはずの左腕でコンクリートの床を叩き割った。
臨也は口を噤む。
静雄の腕は今の衝撃で血まみれだ。
「腕の一本ぐらいくれてやるよ」
何に、とは静雄は言わなかった。静雄がきつい眼差しで、サングラス越しに睨んで来る。
その言葉に臨也の赤い目が見開かれた。
静雄はもう臨也に興味を無くしたかのようにまた腕を動かしたりする。血がコンクリートに散った。
「…シズちゃんは本当に馬鹿だ」
「うるせえ。手前こそ死にかけてるのに笑うな」
「ははっ、」
臨也は僅かに俯いて笑う。「俺はいいんだよ」
「何がだよ」
「シズちゃんが助けてくれるから」
唇を歪め、臨也は肩を竦める。静雄は訝しげに臨也を見遣った。
臨也はふふっとまた笑う。
「シズちゃんが助けてくれるの分かってたからさ」
まさか腕を犠牲にするとは思わなかったけど。
臨也はそう言ってハンカチを取り出した。静雄の血まみれの腕に巻いてやる。
「俺だって、いざとなったらシズちゃんを助けるだろうからね」
お互い分かってるだろう?


100911 00:48
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