マスターの好きなひと




全く同じ顔だ。
静雄はじぃっと目の前の男の顔を見た。
真っ白な衣服にショッキングピンクのヘッドフォンをした彼は、首を傾げて静雄を見上げていた。
「静雄さん」
声まで同じ。
静雄は眉を顰めた。
「なんだ」
「マスターとはどういったお知り合いですか」
「他人」
静雄は即答し、煙草に火をつける。
「他人、他人。当事者ではない人。関わりがない人。第三者」
サイケと呼ばれるこの存在は、データを読み込む。
静雄はそれを興味がなさそうに見遣り、煙を深く吸い込んだ。
「では津軽とは?」
「なんだ津軽って。青森か?行ってみたいな」
「違います」
サイケは否定し、後ろを振り返った。静雄も同じくそちらに視線を向け…ぽろっと口から煙草を落とした。
「火事になりますよ」
津軽と呼ばれたその存在は、慌ててやって来て煙草を回収する。
自分と同じ髪の色、目、鼻、口。静雄は茫然とした。
「これもあのバカが作ったのか」
「マスターのことですか?」
「そうです」
サイケが問い、津軽が頷く。
静雄は眩暈がして頭を抱えた。
新宿の臨也のマンションに来てみれば家主はおらず、出迎えたのはアンドロイド。それも顔が自分たちと全く同じの。
「…本当にあいつは趣味悪ぃ」
静雄は頭を抱えたまま玄関へ行く。
「どちらへ行かれますか」
「マスターはまだ帰宅していません」
二人のアンドロイドがついてくるのを手で制す。
「あいつに伝えておいてくれ、もう二度とここには来ないって」
静雄はキッパリと言って靴を履いた。
「どうしてですか?」
「津軽と同じ顔」
「シズちゃん」
「シズちゃんは、他人ではありません」
二人がぺらぺらぺらぺら話し出す。静雄は閉口した。
「シズちゃん、はマスターのすきなひと」
サイケがきょとんと首を傾げる。
「あなたがシズちゃんですか?」
津軽もきょとんと首を傾げる。
「……好きじゃねえよ」
静雄は低い声でそう言い、さっさと部屋を出て行った。
「シズちゃん行っちゃった」
「シズちゃん行っちゃったね」
「顔、赤かった」
「顔、赤かったね」
二人は顔を寄せ合い、くすくす笑う。
「マスターのすきなひと、だね」
「だね」

100812 23:37
×
- ナノ -