短編 | ナノ


▼ 丹恒の顔が好きすぎて泣く女


 美人は三日で飽きる。なんて言うことわざを考えた人は、本当の美人にあったことがないからそんな事を言ったんだろうと私は思う。

 人間誰しも顔の良い人が好きな筈だ。だって顔が良ければ、どんなに性格が悪かろうとも観賞用としての価値があると思うし、ちょっと個性的だったとしても顔の良さでカバーできる範囲であれば"ちょっと変わった美人"というアドバンテージとしてプラスに働くだろう。
 顔が良いという事は総じて一生物の財産であると私は考える。まぁ、顔が良いという基準は時代において大いに異なるものなので、最終的には自分の好み似合うかが問題ではあると思うが。
 
 私だって顔の良い人は好きだ。遠くから眺めているだけで幸せになれるし、なんなら毎日その綺麗な顔を拝んだって退屈することは無い。それが大変好みの顔だったら、絶対に飽きることは無いだろうと断言できる。
 私みたいなモブ顔じゃなくて、美人に生まれればどんなに人生が楽しかったのだろうとふと考えてしまう……。まぁ今更無い物ねだりしてもしょうがないので、モブはモブらしく生きていきます。

 閑話休題。

 ここは星穹列車。様々な過去を持つ人々が集まり旅する列車である。
 そんな列車に乗っている私も様々な過去を経験し、現在は星穹列車にてお世話になってる立派なナナシビトである。
 突然だが、星穹列車に乗っている人達は総じて顔が良い。ビックリするほど顔が良い。
 親戚の叔父さんで小さい頃ほんのりとした初恋感情を抱きつつも、妻子を大事にする姿を見て静かに失恋したいヴェルトさん。近所のお姉さんで困ったときは助けてくれる大好きなお姉さんだけど、ある日彼氏と街中を歩いていて、その時の自分に見せる顔と違う様を見て失恋したい姫子さん。クラスのムードメーカーで、そんな彼女がいつの間にか好きになってたけどいつの間にか隣のクラスのカースト上位の男と付き合ってると知って失恋したいなのかちゃん。ぶっきらぼうでちょっと近寄り難い雰囲気があるけど、動物に優しい所にギャップを感じていつの間にか好きになってたけど、いつの間にか他校の人に取られてBSS(僕の方が先に好きだったのに)で失恋したい丹恒くん。などと言った素晴らしい顔の仲間たちがいるのだ!

 そして最近はミステリアス美少女であり、いいなーと思っていたら年上の彼氏持ちだって判明して恋する前に失恋決定したい星ちゃんが仲間に加わった!
 イケおじ、イケメン、美女に美少女。あとは可愛い車掌のパムも忘れてはいけない。顔の良い人達の顔面拝みたい放題……控えめに言って星穹列車は最高である。

 私は星穹列車の皆が大好きだ。みんな優しいし、あと顔が良い。そう、顔がとてつもなく良いのだ。(大事なことなので二回言いました)
 まぁだがしかし、私にだって好みがある。現在列車に乗っているメンバーの中に、私の好みドンピシャな顔が居るのだ。


 少しくせっ毛気味の黒髪に、スッと通った鼻筋に薄い唇、肌は白くてシミ一つないきめ細く、目元は涼しげで切れ長の目をしている。瞳の色は透き通るような薄い水色だ。口角は常に下がっていて不機嫌そうに見えるが、別に怒っている訳ではない。背は高くスラっとしていて手足が長く、細身に見えるけど脱いだら筋肉質なんだろうなって思うほど引き締まった体つきをしていた。
 彼の名は、丹恒。星穹列車の護衛役兼アーカイブの管理を任されている人である。もう、彼の顔面が好みのドンピシャでなんの。

 ところで知ってるか? 人間、尊いが過ぎると涙が出るってことを。

 ***

「……っ」

 ぐっと熱いものが、お腹の中から込み上げてくる。ぐっと唇に力を入れ、丹恒くんの迷惑にならないように必死に耐えるが――表面張力を持ってしても堪えきれなかった涙が頬を伝おうとする。
 そんな私の顔を見た丹恒くんは、ピタリとその足を止めた。
 
「……おい、待て。また俺の顔を見て泣くのか……」
「……ぅヴ、な……泣いでないでふ」
「……じゃあその涙はなんだ?」
「ご……こごろのあぜでず」

 私は袖口でゴシゴシと目を擦りながら答える。そうすれば、心優しい丹恒君はハンカチを取り出してそっと私に差し出した。

「ほら、使え」
「うぅ……丹恒ぐん……しゅきぃ……」
 
 丹恒くんが優しすぎて辛い……。顔も良くて、優しくて、イケボだなんて狡すぎる!
 私は差し出されたハンカチを握りしめ、また溢れ出しそうになる涙を抑えようと奮闘する。だけれど、興奮して流れる涙はそう簡単に止まる物ではなかった。
 
「だ……丹恒ぐぅん……うまれできでぐれで……ありがどぅ……」
「どうして更に泣く!」
「だ……だっだぇ……ぎょうも……顔がよくでぇ……」
「毎日見てるだろ!」
「でもぉ……ぞれどこれどは別でぇ……ぐずっ」

 泣きじゃくる私と、そんな私をどうしたらいいか分からない丹恒くん。そんなカオスな雰囲気の中、通りすがりのなのかちゃんが私たちを発見した。
 
「あー、また丹恒が虐めてる!」
「俺は虐めてない」

 それは本当だ、丹恒くんは何も悪くない。だって私が勝手に丹恒くんの顔を見て泣いてるだけなのだから。

「姫子ー! ヨウおじちゃーん!! 丹恒がまたナナコ泣かせてるー!!」

 そうやって保護者組に報告するなのかちゃんのアレは、「ちょっと男子ー、○○ちゃん泣いちゃったじゃん!」って奴だった。完全にノリである。

 ごめんね、丹恒くん。でも君の顔が良すぎるのが悪いと思うので、勘弁して欲しい(?)。

 ***

「ねぇ、丹恒の事好きなの?」

 ラウンジで星ちゃんにおねだりされた、私自作のゴミ箱のマスコット(?)のアップリケを彼女の上着の内側につけてあげていると、突然彼女は不思議なことを言い始めた。

「え? ……誰が誰のこと好きって?」
「ナナコが丹恒の事」
「……私が……丹恒くんの事を、好き?」

 何がどうしてそうなった。

「え、もしかしてそう見えてたの?」
「うん」

 確かに私は、丹恒くんの事が好きだ。顔が良いのもあるけど、何より彼は優しい。ぶっきらぼうだけど、困っている人を見捨てる事が出来ない。そういう所がとても好ましく思っている。
 だがしかし、それは恋ではない。あくまで、人として好ましいと思っているだけだ。
 
「違う、違う! 確かに私は丹恒くんの事が好きだけど、そらは列車の皆と同じベクトルだよ?」
「いつも「丹恒くん好き」って言いながら泣いてるのに、その言い訳は無理だと思う」
「あー……その、私の「丹恒くんが好き」って言うのは……正確には「丹恒くんの顔・が好き」って意味なの」
「……顔しか好きじゃないの?」

 そう聞かれると、言葉に詰まる。別に顔だけが好きな訳じゃないけれども、丹恒くんへの好意の80パーセント顔が好きにという感情で形成されているので……ちょっと疚しい気持ちがある。まぁだがしかし、残りの20パーセントは優しい丹恒くんが好きなので許して欲しいし、感情の大きさを表現しろって言われればとても巨大って言えるので、20パーセントでもかなりの大きさだと思うので勘弁して欲しい。
 そもそも、恋愛対象として見ているなら、いくらイケメンだからってこんなにも顔を眺めて泣くことは無いだろう。第一に、一体誰が自分の顔を見て泣く変な女を好きになるというのだ。
 
「丹恒くんのことはもちろん顔以外も好きだよ。優しいし、頼りになる素敵な人だと思う」

 これは嘘偽りのない私の本心。だけれども――。

「でも――やっぱりイケメンの隣には美女っていのがセオリーでしょ! 私はちゃんとそこら辺の約束が分かっているモブ、丹恒くんの隣には星ちゃんやなのかちゃん、または姫子さんみたいな美形がお似合い!!」

 私は丹恒くんに幸せになって欲しい。だから、丹恒くんと結ばれる人は、私みたいなモブではなく、星ちゃん達のような可愛い女の子であってほしいのだ。
 そうすれば、私は念願叶ったBSS(僕の方が先に好きだったのに)が出来るし、素敵な恋をして華麗に失恋したという擬似的な体験を出来るのだ。あぁ、なんという最高な計画だろうか!
 
「もし丹恒くんのことが好きになったら真っ先に言ってね! 私が全力で星ちゃんの恋が成就するようにサポートするから!」

 私は満面の笑みで宣言した。

「……」
 
 ――なのに、星ちゃんはまるで可哀想な物を見るような目で私を見てきた。え? どうして星ちゃんがそんな目をするの?
 
「……ナナコって鈍感だね。丹恒が可哀想」
「え? 別に私鈍感じゃないし、どうして丹恒くんが可哀想なの?」
「それは本人に聞いて」

 星ちゃんのその言葉に、首を傾げた次の瞬間――。

「――ナナコ」
「……え?」

 背後から丹恒くんの地を這うような低い声が私の名前を呼んだ。振り返った先には、無表情の丹恒くんが立っている。
 なんだろうこの空気。すごく嫌な予感がする。丹恒くんは怒っているのだろうか? でも、どうして? 私何か気に障るようなこと言ったっけ? いや、それよりも丹恒くんの顔が怖い。顔が良すぎて迫力が増してる。顔が良いってこういう時にも役に立つんだ……知らなかった。

「えっと、あの……なんか、怒ってます?」

 恐る恐る尋ねると、丹恒くんは無言のままズカズカとこちらに向かって歩いてきた。そのただならぬ態度に内心ビクビクとしていれば、さらっと横からアップリケをつけ終わった星ちゃんの上着が取られた。
 上着を取った本人は、「さすがはナナコ、可愛いゴミ箱のアップリケだね。ありがとう」などと褒めたあと、スッとソファーから立ち上がった。
 
「じゃあ、お邪魔虫はここら辺で失礼するから」
「星ちゃん!?」

 まさかの星ちゃんの裏切りである。
 私は慌てて彼女の服を掴むけれど、そんな私の手を振り払い、星ちゃんはスタコラサッサとラウンジから出て行ってしまった。
 待って、置いてかないで! こんな状況に一人にしないで!! そう思っても、すでに時遅し。星ちゃんの姿は消えていた。

「ナナコ、来い」
「……は、はい」

 有無を言わせない雰囲気の丹恒くんに、私は素直に従うしかなかった。

 
  ***


 丹恒くんに手首を捕まれたまま、私は資料室へと連れてこられた。入って直ぐに片手で扉を閉めた丹恒くんは、扉の近くの壁に私を立たせて自らの手で私の逃げ道を閉ざした。つまり、この体勢は――すなわち壁ドンである。

「……ひぃ! 顔、顔が近い!!」
「……」

 いつもは人、一人分くらいの距離を開けて向き合っているのに、壁ドンされている現在はさらにいつもの距離よりも近い。その事実を実感してしまえば、カッと自分の顔が赤くなるのを自覚してしまう。
 ひぃぃ……近い! 近すぎて丹恒くんの長い睫毛の一本一本がしっかり見えてしまう……!!
 なんだ、この距離感……可笑しいでしょ!! 絶対このままだと私はまた泣くぞ!! 推しの過剰摂取は心臓に弱いし、オタクの心を削るって知ってるの狼藉か!!
 私がアワアワしていると、丹恒くんは真剣な眼差しで口を開いた。

「ナナコ、俺の顔を見ろ」
「……はい」

 有無を言わせない言葉に、そっと私は彼と視線を合わせた。青銅色の瞳が、真っ直ぐ私を見つめている。そのあまりの綺麗さに思わず見惚れていれば、また段々と自分の中で涙がこみ上げてきた。
 駄目だ、泣くな。泣いたら丹恒くんに迷惑がかかる。そう思いつつも、私の瞳からは涙が一粒こぼれ落ちた。

「……うぅ、顔が良い」
「俺の顔は好きか」
「しゅ……しゅきです」
「そうか」

 近い距離でふわりと優しく微笑まれれば、私の心臓はもう爆発寸前だ。もう、無理!と思った次の瞬間、丹恒くんはさらに私を苦しめる行動をとった。
 なんと丹恒くんは私の顔の両頬を手で包み、さらに顔を近づけてきたのだ。

「――ひぃ! ち、近っ!?」

 吐息が掛かりそうな程近い距離に私の心臓はドドドっととんでもない音を立てて暴れ回っている。待って! 待って! 何が起きてるの!? 私の脳みそは大混乱だ。一体全体何がどうしてどうなった!!

「目をそらすな」

 決して拒むことを許さないと言いたげな声が、私の鼓膜を震わせる。私はぎゅっと強く瞼を閉じる。だがしかし、それは逆効果だった。視覚が遮断された分、他の感覚が研ぎ澄まされてしまい、丹恒くんの声や体温がより一層リアルに感じられてしまう。バい! これは本当にダメなやつ! これ以上は危険信号が鳴りっぱなしだ。早く止めないと……でもどうやって? そんなことをグルグルと考えていれば、コツンと額に何かが当たった。
 私は恐る恐る目を開けた。するとそこには、私と彼のおでこが合わさっている光景が映った。視界いっぱいに映った美しい顔、その尊い顔面にくらりとする。
 
「俺の顔に慣れろ」
「……む、むりぃ……」
「これから何十年も見るんだ」
「ひ……ひぃ……、な、なんでぞんなんに、ながいのぉ……」

 私は泣きながら訴えた。
 そんなに長い時間丹恒くんを見続けたら、私死んじゃうよ。死因:推しの過剰摂取によるショック死だよ。
 
「それは、お前はこの先ずっと俺の隣にいるからだ」
「……ぇ?」
「ナナコ、俺はお前が好きだ」

 その言葉を聞いた瞬間、私の脳内は一瞬にして真っ白になった。
 今、彼はなんて言った? 私の耳が正常であるならば、何か私の事好きとか言ってた気がするけど……でも丹恒くんはなんやかんや言って、列車組の事大好きだからそれの一環でしょ。常識的に考えてJK.JK!。

「先に言っておくが、俺はお前のことを女として好きだ。もっと単刀直入で言うと、お前を性的な目で見ている」
「……?」

 せいてき? セイテキ? 性的?
 ……うーん、ちょっと何を言っているのか理解したくないって私の中の何かが言ってますね。つまり、思考を放棄するのが賢い選択ってことですかね!
 
「おい、思考を放棄するな。今俺が言った言葉をしっかりかみ砕いて考えろ。俺はお前のことが異性として好きだ、その事実から逃げるな」
「ひぃ……追い打ちかけないでぇ……」

 私は頭を抱えてその場にしゃがみ込みたかった。しかし、私の頬を包む手が、真剣に私の顔をのぞき込む丹恒くんがそんな事を許してくれるわけがなかった。
 ……だって、そんなの信じられるわけがない。こんな平凡な私が丹恒くんに好かれる要素など一つもない。そんなの有り得ない。きっと、これは夢だ。そうだ、そうに違いない。こんなの夢じゃなかったら可笑しいもん。

「現実逃避するな。俺の言葉をちゃんと考えろ」
「……嘘」
「嘘じゃない。信じろ」
「……無理ぃ」
 
 私は弱々しく首を横に振った。
 
「……ナナコ、いい加減にしろ。これ以上は我慢の限界だ。そんなに信じられないなら、俺はこのまま無理やりにでもキスをする」
「き……キスッ!?」

 え、ちょ……まっ!? 待て!! キ、キス!? はぁ!? 何言っちゃってくれてんですか!!
 こんな状況でいきなりの爆弾発言に、私の脳内はもう大パニックだ。もう処理能力が限界突破して、オーバーヒートを起こしかけている。
 ぱくぱくとまるで金魚のように口を開け閉めし、何も言えない私の姿を見た丹恒くんは口を開く。
 
「俺がこんなにもお前のことが好きなのに、お前が俺の顔しか好きじゃない事に腹が立つ。だから、お前も俺を好きになれ」

 そう言った丹恒くんは、そっと私の額に口付けを一つ落とした。チュッと可愛らしいリップ音が聞こえたと同時に、私の脳内は完全にショートした。

 ▼ナナコは目の前が真っ暗になった。


 次に目を覚ましたとき、自室のほぼ使っていないベッドの上で目を覚ました私は、丹恒くんからの告白を白昼夢だと思い込もうとしたが――吹っ切れた丹恒くんに押して、押して、押し倒される勢いで明け透けな好意を向けられて別な意味で半泣きになるのは――また別の話である。



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