//泣く一歩手前の顔をしてるのに@葵



空気が冷えてきた今日この頃。
乾燥してきた空気は、見上げた月と星を綺麗に見せてくれた。
地上よりは空に近いビルの屋上から見るそれも、やはり田舎よりは綺麗に見えないな、と最近仕事で田舎へ出ていた俺は思った。
緑が沢山あるそこは、山の方に位置する。
澄んだ空気と、空に近い土地。
そこから見たまぁるい月は、今高いビルの上から眺めるよりも、ずっと近くに見えた。
今まで田舎に行く機会などなかったため、珍しく素直に感動して帰ってきたのだ。
綺麗な物にはやっぱり手が届かない、という絶望とも一緒に。

「がっちゃん」

派手な音が背後から響いて、それに反応してゆっくり振り返る。
何の音かなんて、分かりきっている。
彼を挑発して、ここに来るよう仕向けたのは、俺なのだから。

「臨也君よぉ。手前、こんな逃げ場もない所に逃げ込むたぁ、ついに死ぬ覚悟でもできたのか、あぁ?」
「やだなぁ、そんな訳ないでしょう?相変わらず君は単細胞馬鹿だね。今までもこういう場面で君は俺を仕留められたことはない」
「うるせぇ、黙れ、殺す」
「やだやだ、同じ言葉しか言えない化け物とは、会話も出来ないね」

両手の掌を突きに向けて肩を竦めると、静雄のこめかみに青い筋が増える。
地雷が分かりやすいのだ、この男は。
こんなにもホイホイ言葉に操られる所を見ていると、不安になってくる。
何でもかんでも真に受けて、馬鹿みたいにそれを事実として受け止める。
それが可愛いとも思うが、哀れだとも思う。

「君は本当に馬鹿だね。ここから俺に落とされたら、流石に無事ではないと思うんだけど」
「俺が手前に落とされるかよ。俺は手前が言う通り、化け物だからな。簡単には手前の思うようには動かねぇぞ」

そしてこの男は、馬鹿だから感情が顔に出やすい。
いや、正確には元々無愛想なしかめっ面をしているから、周りには隠せているのかもしれない。
それでも、俺からしたら、非常に分かりやすいのだ。
ほら、自分で言って、傷付いている。
化け物って単語自体は、もう慣れているのだろう、普段はこんな顔をしない。
しかし、俺の言葉だと、自分で言っておきながら自覚して、それに傷付いているのだ、この馬鹿は。

「そうだね、お前は俺の思うように動かない。だから嫌いなんだよ、シズちゃん」

ほら、そんな顔しないでよ。
俺が、喜んじゃうだろう?
「俺も手前なんて嫌いだ、早く死ね」
だなんて。
そんな、泣く一歩手前の顔をしているのに、どの口が言うんだ、ってね。
今の静雄の顔を俺以外の人間が見ても、俺の様な思考にはならないだろう。
俺だけが、気付いている、俺だけが知っているのだ。
こいつは、俺の事が好きだ。
だからこんな顔をする。

「はは、死ねって言われて、死ぬ馬鹿はいないよ。じゃあ、明日もお仕事頑張ってね、シズちゃん」
「あっ!てめっ…」
「また明日、またその顔、見にきてあげるよ。じゃあね、ばいばーい」

頭に入れていた逃げるためのルート。
パルクールを駆使して、地上へと降り立った俺は、そこから屋上を見上げる。
柵から少し乗り出してこちらを見ている表情は見えないが、おそらくまた俺だけが分かる泣きそうな顔をしているのだろう。

「楽しくて仕方がないな。早く認めて、俺に言っちゃえばいいのに」

受け入れ態勢は出来ている。
早く俺の所へ落ちてこい。
平和島静雄。



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