元々遠い存在だったのだ。
最初からサッカーが好きで、才能にも恵まれていて―――憧れることしか出来ず、ただ見つめていたあの頃から自分はちっとも変わっていなかった。
その距離を明確に示されただけ。ただそれだけ。
先日、義理の父に与えられた使命を果たすため、チーム編成がされた。
もしかしたら彼と同じに、淡い期待を抱いた緑川が配されたのは、一番下級のチーム。キャプテンである分、自尊心はいくらか傷つかなかったが、それよりも、儚い恋心に走った亀裂の方が重大だった。
緑川が慕う彼もまた、キャプテンとしてチームを託された。自分と違ったのは、それが三強の一角であったこと。
お前と肩を並べたい。
だから偉く、偉くならないと。
せめて上辺だけでも…。
「それでは失礼します、レーゼ様」
「ご苦労だったな」
尊大に言い放ち、それと同じ目でチームメイトの背中を見つめた。
そう、それが緑川が選んだ答え。
強くなって上へ行きたい。必要なのは強烈なリーダーシップ。
けれど。
「……はあ」
自分じゃないものを偽るのは、肉体的にも精神的にも疲れを強いる。自然緑川はため息の回数を増やしていた。
「ため息なんてついたら幸せが逃げていっちゃうよ」
急に後ろから掛けられた言葉に、緑川の心臓は跳ね上がった。
声を掛けられたからじゃない。彼の声かしたから……。
「……グラン様」
「やあ、レーゼ。久しぶりだね」
柔らかな微笑。優しい口調にその物腰―――グラン…いや基山は全然変わってはいなかった。偽る自分が馬鹿らしくなるほどに、彼は彼のまま。
一向に距離がつまった様子はなかった。
「何かご命令でしょうか?」
「いや。ただ見かけたから声を掛けただけ。
そんなことより」
基山の白い指先が、ソコに触れる。
「眉間にシワが寄ってるよ。疲れてるんじゃない?」
そう言って彼の指は円を描くように優しく動く。深く入った溝を溶かすように。
ああ、本当に溶けてしまえばいいのに。俺とお前を隔てるこの距離が無くなってしまえば、彼が心配するソレもすぐさま消えて無くなる。
だけどそれを無くすには。
「そうでもありません」
強くなくてはいけない。
今にも涙を流さんと、僅かに震えた瞳に力をこめて、緑川の漆黒の瞳は、基山の宇宙色の瞳を見つめた。力を入れるあまり、彼が解そうとしてくれていた眉間のシワは、更に深くなった。だが、そんなこと気には止めない。
基山の前で泣かずに、崩れずにいることの方が大事だったから。
緑川の漆黒に、白が映る。それは眉間に添えられていた基山の指だった。
「俺は…太陽みたいな君の笑顔が好きだったよ」
堪えた自分とは対照的に、悲しげに笑って基山は去っていく。
腕が、足がその背中を追うことを必死に堪える。しかし瞳だけが追いかける。遠ざかる彼の姿を。
やっぱり何も変わってない。見つめることしか出来ないあの頃から、俺は。
「俺も…お前の前で笑えてた俺が好きだったさ。お前のことが好きでいられればいいと、素直に思えてた俺が…」
今すぐ追いかけて、笑って、あの頃のように。
だけど違いすぎて、距離がありすぎて、お前が望むものをあげることすら出来ない。お前が好きだと言ってくれた笑顔は、もう作り方を忘れてしまったんだ。
緑川の顔は、もう『レーゼ』しか作れない。
もしも世界に上手な笑顔の作り方なんてモノがあるなら。
誰かそれを教えてください―――思い出させてください。
【笑顔の設計図】
END
これまたはたちゃんへの捧げ。フィヒデのお礼に書かせて頂きました。
11.01.15