闇を煌々と照らす光を溢れさせる部屋に、二人の少年がいた。ベッドと椅子、ザゴメルとサンダユウがそれぞれに座っていた。
紙を捲るのと同時に顔を上げたザゴメルは、サンダユウが時計を見て眉を寄せるところを目にした。午後九時過ぎ。寮住まいの生徒の大体が自由に時間を使っている頃合いだった。
それを自室での読書で費やしていたザゴメルは、ああ、と内心で呟いた。アイツが来る時間だ。
読みかけの本を閉じると、サンダユウの視線がこちらに向いた。酷く不機嫌だ。
どうした、と問おうとすると、ノックも無しに部屋の扉が開いた。
「やあ」
姿を現したミストレが黒い髪を揺らしながら入って来る。下ろし髪と淡いグリーンのパジャマは彼が風呂上がりだと語っていて、ザゴメルはサンダユウが更に顔を険しくしたのを横目で知りながら、ベッドに掛けていた腰を更に深く入れた。ザゴメルの足の間に人一人分のスペースが出来る。
そこに当然だと言うようにミストレが腰を落とす。満足げにふんぞり返って、ザゴメルの足を肘掛けにする。
さながら王の椅子だ。外見上、どちらかといえば女王の方がしっくりくるが。ザゴメルが頭を撫でると、ミストレの綺麗な微笑みが上を向いた。
「ねえ、ザゴメル」
ミストレの瞳が輝く。これは期待の光だ。
「ん。今日は匂いが違うな。シャンプーか?」
「そうだよ。今度のやつはローズマリーの香りなんだ。どう?」
「ああ、よく似合ってる。いい匂いだ」
もう一度頭を撫でると、掛かる体重が重みを増した。期待には応えられたらい。
ザゴメルにもたれかかりながら胸に擦り寄るその笑顔は、当たり前の事実を享受しているという風でもあり、酷く嬉しそうでもある。褒めているつもりなのか顎を撫でる細い指。くすぐったいと思うのは触覚的なことだけではなかった。
あるかなしかに笑みながら櫛を手に取ると、頬にチクリとしたものがあたった。心当たりはある。ザゴメルを、いやミストレごとを、サンダユウが睨みつけていた。
「お前ら…ここが誰の部屋だか言ってみろ…」
「ザゴメルの部屋だろう?」
「ふざけるな!俺とザゴメル、二人の部屋だ、馬鹿野郎!」
「悪い、サンダユウ」
「別に、お前が誰と仲良くしてようが俺には関係がない。けどな、目の前で、しかもミストレの言いなりになってるのが気に食わん!」
「言いなりって、俺は何も言ってないよ」
「それも問題だろうが!何も言わずに我が物顔でずけずけと…」
「だって俺のものだもの。俺が何を椅子にしようが、君が止められることじゃない」
「お前…っ!」
「サンダユウ、落ち着け」
ザゴメルは小さくため息をついた。
「俺が好きでやってるんだ」
言いながらミストレの髪をとかし始めると、サンダユウの怒気が更に高まった。いや、怒気というよりも拙いその感情は、拗ねていると表現するべきなのだろう。微笑ましい、と思う。
だがしかしザゴメルは敢えて無視を決め込み、ミストレの髪を整え続ける。
サンダユウを取り巻く空気は揺れ、高ぶり、そして沈んだ。
「好きにしろ…!」
荒々しく開けられた扉は、同様に閉まった。
激しく立った音に、ミストレが文句を言いたげな顔をした瞬間、ザゴメルは彼の頭を撫でた。サンダユウの怒りは自分のためのものだ。それを咎めさせたくない。
単純なことにミストレも気を治めたので、ザゴメルの手はまた髪に櫛を通し出した。
ミストレが笑う。喉元を撫でられている猫のような顔で、この表情が好きだから、なすがままにされるのが、彼が望むことをするのが好きなのだ。
「ミストレ」
「なんだい?」
櫛で前髪を後ろへ流し、露わにした額に柔らかく唇を当てる。
一瞬だけ目を開いて、うっとりと目を細め、ミストレの手はザゴメルの頬へと伸びる。屈んで、と言われているようだった。ザゴメルは背中を丸める――これにも応えられたらしい。
まず、ふふ、という微かな笑声が唇にあたり、次に唇が。
キスだな、と思うのと一緒くたに目を閉じれば、目蓋の裏に嬉しさが込み上げてくる。ぎゅ、と胸が縮む。
僅かに濡れたザゴメルの唇に吐息が掛かった。
「したい」
端的なミストレの言葉。
「ああ、わかった」
身体ごと向いたミストレに合わせて、ザゴメルはベッドへと落ちていく。
覆い被さるミストレは、自分の好きな表情を浮かべていた――ザゴメルの笑顔は、ミストレを深く受け入れた。
END
好きだと言ってくださった方がいたので、トドメ…お礼に。
ザゴメルさん懐深いなあ…。私なら殴ります。つきあえません。
12.10/3