今日こそは、と、サンダユウは決心していた。
小さな楕円形の機械の上空に浮かんだ数字が、午後九時四十五分を示している。彼が――バダップが、風呂を済ませてこの部屋を訪ねて来る時間だ。
今宵も例に漏れることはなく、金属製の扉を叩く音がサンダユウの耳に届いたため、彼は口から逃げて行きそうになる心を胸の内に留めるように深く息を吸った。
「入ってくれ」
「失礼する」
無機質的な、けれど凛とした声を響かせて、バダップが部屋に踏み入った。
たったそれだけで心にまで侵入された感がし、サンダユウは心臓を震わせる。これでは駄目だと、腹に力を込めた。今日こそは、確認のためにもう一度心の中で呟く。
「バダ…」
名前を呼ぼうとしたその声を、サンダユウ、と、逆に呼ばれて遮られた。牽制のつもりか。サンダユウは、バダップの赤い瞳を見つめる。心なしか挑戦的に思える眼差しに、移されたように頬が色づいた。
駄目だ。逸らさないと。思い出した決意がサンダユウに命令する。しかし、身体はそれに逆らう。
逸らせない。
心臓が高く鳴る。間隔は短く、音は身体の中から漏れそうな程煩い。
「バダ、ップ…」
息を飲みながら吐くサンダユウの言葉は、バダップにとっての呼び水になったらしい。
間違えた。そう気がついた時には、既に唇は奪われていた。
今日こそは、断ろうと思っていたのだ。何もすることなく眠りにつきたいと、バダップに告げるつもりだった。
けれど――サンダユウは目蓋を伏せる。
押しつけては離す。離しては押しつける。
そのような動きを繰り返す唇は、普段のバダップよりは幾分も子供らしく、ああ、年相応と言うのか、サンダユウはやんわりとバダップの頭を撫でる。
この稚拙さが、存外好きなのだ。いっそ可愛いと思っている。
旋毛から落ちた掌が、後頭部を押す。その仕草に文字通り後押しされたバダップが、唇に噛みつく。
ここから先はけっして可愛いとは言えない。打って変わって巧みになる。理解しているのに、サンダユウの指先は縋るようにバダップの銀糸を掻き回す。
「っ、は……」
突き出したサンダユウの舌先とバダップのそれとの間に、唾液が糸を引く。これが切れた時、自分は強制的にベッドへ埋められるのだ。
最後の砦。抵抗するならここしかない。
「してもいいか…?」
サンダユウの手が拳を作る。
「ほどほどにな…」
「――善処しよう」
バダップの唇がまた触れた。舌が入ってくれば、そのような思考も奪われるのだろうが、今はただ、可愛い。
サンダユウは己の決意の弱さに眉を寄せ、飴玉を潰すように奥歯を噛み締めた。
咥内にはなんとも言えない甘みが広がる。
嘯サれはいわゆる愛の味
サンダユウはバダップを甘やかしてればいいです。はい。
12.5/11