うららかな陽気が、ザゴメルの目蓋に重くのし掛かった。それは午後のカリキュラムが始まる前の休み時間のことだった。
中庭――生徒にはそのような名前で呼ばれてはいるが、正しくは屋外に据えられた剣術の訓練場である。芝生の真ん中には一対一の勝負が出来る石畳のコートが六面並んでおり、各面で白熱した勝負が繰り広げられていた。滅多とない休憩の時間であるにも関わらず、この学校の生徒に限ってはそれを満喫する子供の方が少ない。
ザゴメルも先程まではその内の一人だった。
しかし今は、訓練全体が眺められる程度に距離を取り、壁にもたれながら、身体を浸す疲労感を払うために呼吸を繰り返していた。息はそこまで荒くはないが、何故だか身体が重たい。気を抜けばうつろうつろと目蓋が落ちてくる始末。ザゴメルは大きな欠伸を一つ漏らした。
この疲れは恐らく新たに与えられた極秘任務の影響だ。
そう悟り、ザゴメルは眠気に抗うことを放棄した。このまま十分程眠ってしまおう。自堕落な、と罵られそうな気はするが、このまま午後の訓練、ひいては極秘任務の訓練にまで影響を及ぼすよりは幾分もいい。
目を閉じる。数分も立たない内に眠りに落ちた。
規則正しく、やがて深まっていく呼吸。その音が届かない所から、一つの視線がザゴメルに投げかけられていた。
「ザゴメル」
高い声が、ザゴメルの意識を釣り上げる。
ザゴメルはゆっくりと目を開けると、自分を見下ろしている声の主に焦点を合わせた。はっきりとした視線には、眠気を引きずった気配はない。
ミストレが少女めいたその顔に満足そうな笑みを浮かべた。
「おはよう」
「おはよう…でいいのか、この場合は?」
「いいんだよ。俺が言ったんだから」
「そうか…。悪い、今何時だ?」
「ああ、安心して。君が居眠りしてからまだ五分くらいしか経ってない」
「――そうか」
それならもう少し寝れたじゃねえか、言おうと思ったが、ザゴメルは口を閉ざした。もう眠気は去っているのだ。結果的には五分得したことになる。
ザゴメルは両腕を天に突き出して身体を伸ばすと、のっそと立ち上がった。
「起こしてくれてありがとうな」
「別に。お礼を言われるようなことはしてないよ」
ザゴメルは首を傾げた。このような謙虚な台詞をミストレが口にするなんて、疑問に僅かに険しくなったザゴメルの瞳に、彼は、ずい、と顔を寄せる。
「俺はここにこうして俺を映したかっただけだよ」
そう酔わせるように甘く囁いて、うっとりと瞳の中の自分を見つめるミストレは、それはそれは綺麗に笑った。
「せっかく側にいるのに、君が俺を見ないなんてありえないし、そんなことあっちゃいけないんだよ。綺麗な俺を見つめられるなんて幸せなことだろう?今だけは独占させてあげるから、ねえ、俺を見てて」
ミストレの手がザゴメルの頬を捕らえる。皮膚に触れるか触れないかというささやかな感触であるにも関わらず、食い込んでいるように感じられるのは、セピア色の瞳にうっすらと揺らめく狂気の炎を見つけたからだろう。例えばそれは断ればそのまま頬の肉を抉られるというような。
しかし、牙が突き出したザゴメルの口元には、仄かな笑みが浮かんだ。
「ありがとうな」
「ふふ。どうぞ、もっと見ていいよ」
「ああ。それもだけどな――側で待っててくれてたことについてもひっくるめての礼だ」
「っ!」
ミストレの頬に朱がさす。まるでチークのようなそれは、元々の愛らしい顔立ちを更に可憐にした。ザゴメルは内心で感心する。
「五分も待たせて悪かったな」
他人に待たされることを嫌うミストレにとっての五分は、自分の中の一時間と等しい程の重みがあるだろう。そう考えてザゴメルは、労るようにしてミストレの頭を撫でた。
「ありがとう」
「――どういたしまして…」
拗ねたように尖ったミストレの唇が呟く。彼の言う通り、この姿を見つめる時間は胸がほんわりと温かくなる。幸せなのだろう。
このまま見つめられたいというミストレの願いを叶えるのは容易ではあったが、しかし、難くもある。
散らばっていく生徒の流れは、時間の流れと同じだ。そろそろ休憩が終わるアラームが鳴る。
「もう少しだけ見ていてもいいか?」
ザゴメルが尋ねれば、ミストレは、いいよ、と応え、ザゴメルの姿をまっすぐに見つめた。
嚴рェ君を見る時は、決まって君の瞳の中に私がいる
唐突に好きになりました。
人はどこまで深み(マイナー)に沈めるのでしょうか。
12.5/11