社会に適合出来ない所謂敗者、つまり弱い人間は、大量無差別殺人を起こすことが多いらしい。
 例えばナイフを持って街で暴れ回るとか、そんな丁度一月程前に流れたニュースを思い出した速水は、自分もそこに分類される側の人間だと思っている。俺は弱い、俺には何も出来ない、が口癖と考え癖だ。
 そんな自分が嫌いで、変えたいとは思うが、しかし変われない。ほら完璧な弱者じゃないか、と半べそをかく心がジクジクと痛む。
 いつか、そう例えばいつか、この痛みを発散させるために、俺は台所から果物ナイフを持ち出して、人混みを駆け回るのだろうか。


「どう…思いますか…?浜野クン…」


 薄い水の膜を張った速水の瞳が、浜野の手を見下ろしていた。
 その手は拳になって太腿に置かれており、それを支えに、向かい合わせにしてある(さっきそそくさと浜野がセッティングしていた。在り来たりな人生相談の形だ)白い椅子から身を乗り出している。広い部室に二人きりという珍しいこの一時は、皆が帰った後だからこそ成立したものだった。
 速水も膝の上で手を握りしめる。酷く震えるそこから分泌される冷たい汗を吸った制服のズボンが、じわりと湿った。


「どうって、お前はそんなことしないんじゃね?」


 浜野は手を頭の後ろで組み、あっけらかんとした様で背もたれに寄りかかった。
 速水の手に一際強い力が込められる。


「そんなの…わからないじゃないですか…」

「いや絶対ないっしょ」

「でも……」

「だってお前優しいし」


 浜野がにこりと笑った。その笑みに速水の心臓は跳ね上がり、頬に熱が灯る。自分が好きな、強い笑顔。
 見惚れている速水の胸に、じんわりとした温もりが広がる。


「だいじょぶだいじょぶ。お前は人殺しなんてしないよ。俺が好きな速水は泣き虫でビビりだけど、優しくて、優しくて、すげー優しい奴だよ」


 な、と首を傾けた浜野に、速水は頷くように俯いた。違いますよ、本当に優しいのは君の方で、俺はやっぱり弱い。ツンと痛む鼻の奥から、しょっぱいものが流れてきそうだ。速水は、きゅ、と目を瞑る。
 例えば、もし、俺が人を殺したくなるのなら、顔も知らない誰かじゃなくて君がいい。
 丁度今みたいに震えた手でナイフを握りしめて君の前に立つ、そんな日がもし訪れたのなら。
 俺を見た君が笑ってくれればいい。
 その笑顔を見たら俺はきっとナイフを落として君を抱きしめる。
 速水は開いた手を浜野へと伸ばし、どうぞとでも言うように胸に寄ってきた彼の背中に、ぎゅ、と腕を回した。




君の死体に挨拶はいらない





あるドラマを見ていたら速水くんが頭に浮かびました。
すっごい弱気な速水くんをよしよしする浜野くんハアハア…


12.3/23









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