ずしり。
なんだかお腹のあたりが重い。


「…うぅ……」


寝返りを打とうとしても、身体が言う事をきかない。
(まさか…金縛り…?)
教会で金縛りとか洒落にならん。うまれてこの方、ユーレイなんぞ見たこともないんだ。そういうオカルトも信じないっていうか信じたくないこわい。いや英霊とかいう規格外のユーレイ以上は視て来たけどやっぱこわい。世界にはユーレイを使い魔にしてる魔術師もいるらしいがわたしはそんなことしない。ウェイバーなんて水銀ちゃんを使ってるし。やっぱ実体があるものがいい。透けてたら色々不便じゃん?
と、その時。
ひやりとした感触が首筋から鎖骨にかけて走った。


「っぎゃああああ!」

「なにッ!」


バチバチバチ!という電流の走るような音が響く。
心音速度マックス。恐怖に染まったわたしの魔力が盾を暴発させたのだ。
恐る恐る目を開いて状況を確認する。腹部にかかる重量は消えていない。もしかしたら、オカルト的なサムシングが居るかもしれないけど兎に角起きろわたしのあたま!


「───え」


ばちり、世界が鮮明になる。
見えるのは薄暗い天井と、目も眩むような黄金。


「身を守る為、意図的に魔力を放ったか。フン、おまえも少しは成長したようだな」

「……………」

「しかし、我に逆らうその不貞をどう詫びる?楪よ。おまえが我に対して力を行使したのはこれで二度目だぞ」


ぎらりと輝く紅い瞳。
わたしの上に跨っていたのは、正にヒトならざる魔性。
ただし、身体は透けていない。


「───ぎ………ギル………?」


英雄王ギルガメッシュ。
古代メソポタミアを支配した人類最古のジャイアン。
その彼が、不機嫌そうにこちらを見下ろしている。


「5年ぶりだな、小娘。もう少し女らしくなっていると思ったが…どうやら無駄な期待だったらしい」

「な……」

「まあ、おまえに色気というものを求める時点で間違っていたのだろう。全く、自分の愚かさに涙が出るわ」


はあ、と嘆息して英雄王はわたしの胸元を見つめた。
つられて視線を動かす。


「………………」


見事に服がはだけていた。露わになった下着はスーパーで買った安物で、色気の欠片もない。


「…サイズ的には普通だとおもう」

「ふむ…まあ、小さくはないな」


手頃なサイズだと言いながらギルガメッシュはわたしの胸を見つめた。


「…で、なにしてるの」

「なにとはまた無粋な質問をする。久方ぶりの再会を祝して所有物をメンテナンスしてやろうと思ってな」

「間に合ってます」

「それはおまえが決めることではない」


ぴしゃりと言い放ちながら金ぴかの王様はじろじろとわたしの身体を眺めてくる。一歩間違えば変態さんである。


「……此れは、消えないのだな」


呟いて、彼はわたしの身体の左側に刻まれた聖痕を指でなぞった。令呪にも似たそれは、何故か年々その範囲を広げてきている。最初は肩から胸にかけてしかなかったものが、いまでは臍のあたりから腕くらいまである。ウェイバー曰く、魔術回路が活発化すればするほど広がるとかなんとか。つまりはわたしの魔力がパワーアップした証拠らしいけど、傍から見れば謎の刻印である。きもちわるいことこの上ない。


「なんか広がっちゃったんだ。たぶん消えないんじゃないかな」

「おまえの魔力量に比例しているのか」

「みたいだね」


よくわかんないけど、と付け足す。自分の魔力量というのがイマイチわからないのだ。10年前より増えたっていうのはわかるけど。
ギルガメッシュは黙りこんだままわたしの髪を手に取ってぽつりと零す。


「……益々似てきたな」

「…はい?」


誰が誰に?
わたしの疑問を黙殺して王様は続ける。


「…楪。此度の聖杯戦争を、おまえはどうするつもりだ」

「……どうするもなにも、望みは前回と同じだよ」


聖杯戦争を、終わらせる。
そのためにわたしは帰って来た。
そのこたえを聞いて彼はにまりと微笑む。


「良かろう。前回果たせなかったその願いを、今度こそ叶えてみるが良い」

「…止めないんだね」

「言ったであろう?我は、おまえの望みの果てにあるものに興味が湧いたと」

「…言峰はわたしが邪魔みたいだけど」

「あやつが我の所有物をどう思おうと関係なかろう」


そんなことを言いながら、このひとは言峰のやることを容認している。悪趣味だよなあ、ほんと。


「して、楪。おまえは我のモノで在りながら、あの駄犬めに魔力供給をしているらしいな」


気づけば目の前の男は怒っていた。どうみても怒っていた。駄犬ってランサーのことか。にしても酷いあだ名だな。


「不可抗力。だって勝手に言峰がパス繋いだんだもん」

「なにを言う。そんなもの、断ち切って終えば良かろう」

「そんなことしたらランサーが死んじゃう」

「あんな駄犬風情が一匹消えたところで我には何の支障もない」

「ギルにはないだろうけど、たぶん言峰にはあるんじゃない?じゃなきゃわざわざこんなことしないでしょ」

「言峰め……折角闘いが再開したと云うのに、我に待機を命じておきながら所有物に手を出すとは…」


文句をいう英雄王。おお、言峰の奴ついにギルガメッシュまで言いくるめるようになったのか。やっぱり年々厭な奴になってるんだな。すごい才能だ。


「そういうことだから、怒らないでください」

「何故だ。そもそもおまえが言峰に隙を見せたのが悪いのだぞ」

「ええー」

「…フン」


鼻息も荒く、ギルガメッシュはわたしに覆いかぶさる。手放された髪の毛が肌をくすぐった。


「…あのー、ギルガメッシュさん?」

「なんだ」

「なにしてんすか」

「魔力供給だが」

「いや貴方マスターいるでしょ。言峰から貰ってよ」

「黙れ。おまえは我の所有物だ。故に魔力を捧げるのは当然のことであろう」

「うわあ全然意味わかんねえ…!」


必死の反論も聞く耳もたず、英雄王はわたしの唇を指で撫でる。噛みついてやろうかと思ったが、それより速く彼のしなやかな指が咥内に侵入してきた。


「ん、む…?!」


差し込まれた数本の指がまるで別々の生き物みたいに口の中で動き回る。唾液が零れるのも気にせずに王様の指は狭い咥内を蹂躙する。


「ふ、ぁ……んっ…」


人差し指と中指で舌を掴まれ、親指で執拗に撫でまわされる。閻魔大王みたいに舌を抜く気かこいつは。


「っぷは!」


ようやく解放された。唾液に塗れた口元を袖で拭く。見れば、眼前の英雄王はわたしの唾液にまみれた指を普通に舐めていた。


「…………」

「ほう、思った以上に美味いな。さすがは女神といったところか」


変態さんだ。
変態さんがいる。
きっと5年のあいだに何かが起こって変態性が開花しちゃったんだそうだそうに違いない。


「さて、味見は此処までだ。口を開けよ、楪」

「だが断る!」

「それはどうかな」


がっと顎を鷲掴みされて身動きが取れなくなる。必死に肩を押しのけても力の差は歴然だ。近づいてくる変t…英雄王。顔だけはイケメンなのに!わたしの王様は変態でした!


「おい、ひとのモンになにしてやがるてめぇ」


時を止めたのは、部屋に響き渡った聞き心地の良い声。
ぴたりと動きをとめて、ギルガメッシュは背後の気配を睨みつける。


「駄犬風情が、何の用だ」

「それはこっちの台詞だぜ、金ぴか。ちゃっかりヒトの魔力を横取りしようとしてんじゃねえよ」

「生憎と、この小娘は我の所有物でな。貴様のような雑兵にくれてやる代物ではない」

「知るかよ。いまは俺の魔力供給源だ」


満ち溢れる殺気にぴりぴりと肌が痺れる。火花を散らす二人の英雄。ギルガメッシュはいまにも宝具を展開しそうなくらいに怒気を孕んでいる。


「…ギル」

「おまえは黙っていろ」

「いや、喧嘩を止めるつもりはないんだけどさ。たぶん此処で戦ったら、言峰怒るよ」


申し訳程度の広さしかないこの場所でサーヴァントが戦えば確実に部屋が吹っ飛ぶだろう。そんなことをしたらたとえあの神父であっても黙ってはいない筈だ。…たぶん。


「チッ…」


鋭い舌打ちをしながら英雄王はわたしの上からやっと退いた。はあ、重かった…。


「おい、駄犬。我の所有物に手をつけたらどうなるか、わかっていような?」

「ハッ、んなこと知るわけねーだろ」

「…死に急ぐか、雑兵」

「やれるもんならやってみやがれ。つーか、いいからはやく出てけよ。言峰が呼んでたぜ」


ランサーの言葉にありったけの殺気を向けながら英雄王は部屋を出て行った。乱暴に閉められたドアが派手に音をたてる。わたしは乱れた着衣を直しながら起き上がる。


「ったく、めんどくせぇ奴だな…」

「悪いひとではないんだけどね」

「おまえも、ちったぁ抵抗くらいしろっつーの」

「いでっ」


びしっとチョップが頭部を刺激した。結構痛い。


「仕方ないじゃん、あの王様はなに言っても聞かないんだから」

「知ってるけどよ…自分の危機管理くらい出来てくれや。これじゃこっちの身が持たねぇ」

「…えっと、それはどういう」

「魔力源横取りされて黙ってる奴がいるかよ。厭な予感がして来てみればこれだ」

「あー…それはどうも…すいませんでした」


そうか、わたしの魔力はいま彼の生命力でもあるんだもんな。誰かれ構わず魔力あげる訳にはいかないんだ。


「自覚して貰えたんなら何よりだ。まあ、とりあえず気をつけろっつーこった。俺だって簡単に死にたくはねぇしな」


それはおまえもだろ?と笑ってランサーはチョップしたまま止まっていた手を動かしてわたしの頭を撫でた。大きな掌はほっとするくらい温かい。


「つーかよ。楪はあの金ぴかと知り合いなのか?」

「ん?うん、まあ。知り合いというか…所有物になってたというか」

「なんだそりゃ」

「前の聖杯戦争でね。あの王様はわたしを助けてくれたんだよ」

「…アイツ、人助けなんてするタマにゃ見えねえけどなぁ」


意外そうに呟くランサーに苦笑いを返す。確かに人助けではない。きっと、本人に助けたつもりはなくて、たぶんただの気まぐれだったのだ。落ちていたものを拾っただけ。でも、わたしはその気まぐれに救われた。この生命の何処が彼の眼鏡に適ったのかはわからない。けれど王様はわたしという存在を認めてくれた。


「…そういや、前の聖杯戦争にも関わってたのか、おまえ」

「正しくは前回から、だけど。関わってたっていうか巻き込まれたっていうか」

「ほー。で、今回もわざわざ巻き込まれに戻って来たのか?」

「まあね」

「わかんねえな。おまえ、魔術師じゃないんだろ?言峰とかは女神って呼んでたが」

「うん。わたしは魔術師じゃなくて、魔術使いだよ。女神っていうのは、わたしの通り名みたいなもの」


ランサーやセイバーといったような、真名ではない呼び名。そう説明すると、彼は怪訝な表情をして首を傾げた。


「…つまり、そういう役目に居るってことか」

「そう。わたしは『勝利の女神(奇跡のアテナ)』っていう、聖杯戦争限定の女神なんだ。自分の魔力をサーヴァントに付与して、規定ランクをひとつ上昇させることができるの」

「そりゃ初耳だ。じゃあ、おまえは誰かの味方をするために闘いに参加してるのか」

「それは違う。わたしが味方するのは、あくまでも自分で決めた勝利だけ。いち個人だけに味方するわけじゃない」

「…じゃあ、何のために闘いに関わる?」


ランサーの問いかけにわたしは静かにこたえる。


「……祈りを、叶えるため」

「は?」

「託された願いを叶えるため、だよ」

「つまり、万能の願望機とやらに懸ける願い事があるのか」

「ううん、聖杯は要らない。でも、わたしの望みは闘いに関わらないと叶わないの」

「…………」


彼は険しい表情をしてわたしを見つめる。理解できないといった風に。


「…前の闘いで、わたしは守りたかったものを失った。その、償いみたいなものだよ」

「……まあ、おまえがどんな願いを持ってようが俺には関係ねえけどよ」


その祈りはきっと、おまえを喰い殺すぜ。
王様とはまた違った紅い瞳がわたしを射抜く。


「───そうだね。わたしも、それが正しいことだなんて思ってない」

「…自覚はあるんだな」

「これでも聖杯戦争は二回目ですから」


ふふん、と胸を張ってランサーに笑いかける。彼は呆れたように溜息をひとつ吐く。


「んじゃ、これからも配慮ある行動を頼むぜ。先輩?」

「まかせなさい」


威張るわたしを見てランサーは「やっぱ心配だ」と零して項垂れる。


「…ま、俺の槍を受け止めたようなトンデモ女だしな。多少の無理は大丈夫か」

「ひとを吃驚人間みたいに言わないでくださいランサーさん」

「ほんとのことだろーが」


笑いながらわたしの髪をわしゃりとかき回す青い槍兵は澄んだ海に吹く潮風のよう。


「命に関わる危険を感じたら俺を呼べよ。おまえに死なれちゃ俺も困るんでな」

「はーい」

「はあ…ほんとにわかってんのかね、この頭は」

「いたたた」


こめかみのあたりをぐりぐりされて脳味噌が揺れる。あー目がーまわるー。


「…ランサー」

「あ?」

「ランサーは、わたしの唾液舐めて『美味しい』とか言わないよね?」

「ねえよ」


べしっと頭を叩かれる。良かった、変態がいっぱいな教会に常識人が来てくれてよかった。英雄王と言峰だけじゃたぶんわたしは変態プレイの餌食になっていた。


「…まあ、おまえくらい魔力量があればちょっとばかしつまみ喰いもしたくなるわなあ」

「………」

「嘘だっつの。言峰も完全にパス切ったわけじゃねえからな。楪を抱かなくても魔力量は足りるとおもうぜ」

「さいですか」


それは良かった。わたしの身体的負担も少ないし。


「楪が何か変な気を起こしてパスを断ったりすれば、どうなるかはわかんねえけどな」

「…強姦反対」

「英雄色を好む、っていうだろ?」


悪びれずに微笑むランサー。冗談のつもりだろうか。全く、やはりこの教会にまともな奴は居ないようだ。これから始まる苦難の日々を思ったらぐらりと眩暈がした。

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