目まぐるしい生き様だった。
闘って、戦って、たたかって。 ひたすらに駆け抜ける生命。 昨日の仲間は今日の敵。 親も恋人も親友も、必要であれば殺す。
それが、彼の生き方だった。
はしる、走る、疾る。 一瞬の光みたいな人生。 手にした武器を振るう。 信じるものは己の実力のみ。 求めるものは生命を懸けた死闘のみ。
吹き荒れる雪のなか、凍てつく川辺で。 決して倒れないその大きな背中を眺めていた。
「───あ…」
目を開いたら優しい暖色がみえた。 どうやら夢を視ていたようだ。 決して誇りに背くことのなかった、ひとりの英雄の夢。 お世辞にも幸せな結末とは言い難いそれは、しかし。 後悔という概念から大きくかけ離れたものを持っていた。
「漸く起きたか。気分はどうだ、弦切楪」
まだすこしまどろむ意識に飛び込んできた声音は、覚醒するにはもってこいの旋律だった。 (……!) がばりと起き上がって辺りを見回す。簡素な寝台の前に、それは居た。
「久しいな、女神。元気そうでなによりだ」
そう嘯く黒ずくめの神父は、記憶の中より歪んだ笑顔を浮かべた。
「……言峰…」
忌々しい名を呼ぶ。少しだけ声が震えた。 言峰綺礼。 冬木教会の神父にして、聖杯戦争の監督役を担う男。 前回の聖杯戦争参加者であり、異端狩りの代行者。 何故、彼が此処に。
「なにを勘違いしているかは知らんが、此処は私の教会だ。むしろ異端はおまえだぞ」
「え…」
にまりと嗤ってこちらの考えを見透かすこの男が、わたしは嫌いだ。 ありったけの敵意を込めて睨み上げる。それを意にも介さずに神父は言葉を続ける。
「覚えていないのか?おまえはランサーに連れられて此処へ来たのだ」
「………ッ!」
そうだ、わたしは。 衛宮邸からの帰り道でランサーに襲われて───。
「…ランサー……?」
ちょっと待て。 彼は、己がマスターの命でわたしを捕えに来たと言っていた。 つまり、それは。 どういうことだ。
「ランサーのマスターは私だ」
「な…!」
「なにを驚くことがある。私とてマスターになる資格はあるだろう」
前回の様に、と付け加える言峰はどこまでも不吉な笑みを浮かべたままだ。 こいつ…ちょっと見ないうちに物凄く厭な奴になってないか?もはや何かの病気としか思えないぞ。
「…どうしてわたしを捕えろなんて命令したの」
「なに、おまえがまた詰まらんことを考えて此度の聖杯戦争を邪魔するのではないかと思ってな。先手を打っておこうと思った次第だ」
しれっとそんなことを言う神父。すごく殴りたいいますぐ殴りたい。でも返り討ちにあう。それは厭だ。
「先手って…捕えて監禁でもするつもりだった?」
「ふむ、あながち間違ってはいないがな」
「えっ」
冗談のつもりで言ったのに肯定されちゃった、どうしよう。ていうかそれ本当だったらかなり困る。わたしにはやらなくちゃいけないことがあるのに。
「おまえが寝ている間に、少し身体を弄らせてもらった」
「……は?」
緊急警報。 わたしの貞操が危ない。 っていうかもう手遅れかもしれない。
「………」
「おまえの裸など誰が見るものか。勘違いをするな。霊体手術を施したと言っているのだ」
「なんだ、そういうことか。良かった」
いや、よくねえよ。 いまなんかものすごく失礼なこと言われませんでしたか。
「れ、れいたい手術ってなに?なにしたの?」
「…時計塔へ行って少しは魔術を学んで来たのではないのか」
「残念ながら魔術師にはなれないまま帰ってきました」
「…………」
すっごい面倒臭そうな顔をして言峰はわたしを見遣った。
「…わからんか?いま、おまえは何者かとパスが繋がっているはずだが?」
「………え?」
言われて気がつく。 そういえば、魔術回路が自分以外と繋がっているような感覚がある。 魔力が何処かへ意図的に流れていく違和感。 …なんだ、これ。
「おまえはいま、わたしのサーヴァントであるランサーと魔力のパスが繋がっている」
「…は……?」
なに。じゃあ。 わたしがランサーのマスターになったってこと?
「否、マスター権は私にある」
「…つまり?」
「おまえはランサーの魔力供給源になったのだ」
使い勝手の良い燃料だな、と言峰はまるでなんでもないことかのように紡ぐ。 …待て。待て待て待て待て!
「そんなことしてなんの意味が───」
「ランサーを通じておまえを監視出来る。あやつも己の魔力供給源を見捨てるような真似はせんだろうからな」
「…つまり、体の良い人質ってこと」
「そうなるな」
心の底から愉しそうに神父は頷いた。わあ、なんか生き生きしてるよこいつ。
「貴方は一回死んだ方がいい」
「残念ながら一回死んでこのザマだ」
「…そうだった……」
がくりと項垂れて頭を抱える。ああーなんでこんなことに!人生波乱万丈にも程があるわ!
「そういうわけだ。後は任せるぞ、ランサー」
「どういうわけだクソ神父」
「上に同じく」
呼ばれて飛び出てきた青い英霊は苦虫を噛み潰したような顔で自分のマスターを睨んだ。たぶんわたしも同じような顔をしている。
「おまえに魔力をやっている余裕がないのでな。この小娘を利用することにした」
「ぶっちゃけたなあ、おい!」
「マスター権は私に在る故、これからも指示には従ってもらうぞ」
「面倒臭ぇ…」
「暫くは偵察を続けながらその小娘を監視しろ」
「…そんな指示、俺が聞くと思ってんのか?」
殺気を放つランサーを流し見て言峰は微笑む。
「まあ、従わずとも良いがな。おまえが目を離した隙に、私がその小娘をうっかり殺してしまうかもしれんぞ?」
供給源のわたしが死ねば、いつか魔力は尽きる。それはランサーの死をも意味する。それがわからないランサーではない。彼は忌々しそうに舌打ちをして言葉を吐き捨てる。
「…やっぱり、俺はてめぇが大嫌いだ」
「そうか。好かれても困るので丁度良いな」
「………」
「小娘、おまえには暫く此処に居て貰うぞ。折角の聖杯戦争を台無しにされては興醒めもいいところだからな」
そう言い残して、黒い神父は部屋を去った。 遺されたのは蝋燭の明かりに照らされたわたしとランサーだけ。 …前々から思ってたんだけど、言峰はなんでわたしが聖杯戦争を邪魔すると決めつけているのだろう。邪魔した覚えはないんだけどなぁ。
「…おい」
呼ばれて顔を上げたら、ランサーが真剣な表情でこちらを見ていた。
「…なに?」
「なに、じゃねえよ。おまえ、良いのか?俺なんかの魔力供給源になっちまって」
「うーん…良いも悪いも、なっちゃったモノは仕様がない」
「…なんつーか、おまえって…変な奴だな」
「臨機応変って言ってよ。酷いなあ」
「あーハイハイ。つまりは図太いんだな」
「褒めてない!」
なんかそれだとイメージ悪くなるじゃん!必死に抗議するわたしを見てランサーは屈託なく笑う。
「ま、確かになっちまったモンは仕方ねえよな。これから宜しく頼むぜ、お嬢さん」
「お嬢さんて…わたしのことは楪でいいよ」
「そうか、じゃあ楪って呼ばせて貰うぜ。まあ俺はクー・フーリンっつーんだが、とりあえずランサーで頼むわ。真名ばらすと弱点もばれちまうからな」
「うん、わかった。よろしくね」
「おう」
ランサー。 その懐かしい響きに愛しさを込めながら、わたしは青い槍兵と握手を交わす。 握った手は、わたしの知る槍兵より大きく力強かった。
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