「はー、食った飲んだー」

「行儀悪いぞー楪」


夕飯と晩酌を終えて居間に寝転がるわたしに降って来るのは家主の声。
呆れたようにわたしを見下ろしながらお茶を飲んでいる。


「いいじゃんー久々の衛宮邸なんだから」

「親しき仲にも礼儀ありって言葉忘れたのかよ」

「む。士郎ってば厳しい。折角大河ちゃんが暴れ出すまえに止めてあげたのに」

「う…それは感謝してる」


わたしの隣に寝転がる大河ちゃんは幸せそうな顔をして眠っている。
帰宅するなりわたしの存在に気付いた大河ちゃんはハイテンションを上回るフルテンションで夕飯を喰らい、大いに語らいながら酒を飲みまくった。酔うと暴れ出す彼女を何とか宥めて寝かせたのがつい数分前。そんなだめ大人ふたりを見守っていた健全な男子高校生は溜息を吐きながらお茶を注いだ湯のみに口をつける。


「しっかし、藤ねえのテンションはすごかったなぁ」

「ねー。でも楽しかったー」

「そりゃ重畳」


言いながら立ち上がった士郎は近くに在った毛布を大河ちゃんにかけてあげる。なんといういい子。


「ウェイバーなんてわたしが寝てたら叩き起こすのに…」

「ん?」

「あ、いや。なんでもない」


こっちのはなしーと告げながら起き上がる。酒が少しだけ回っているみたいだ。なんだかふわふわした。


「楪、今日は泊まってくのか?」

「んーいや、今日は帰るよ。荷物整理しなきゃだし」

「そっか。こっちにはどのくらい居る予定なんだ?」

「……わかんない。まだ決まってない」

「なんだそれ」

「なんなんだろうね」


苦笑して出されたお茶を飲んだら意識がくっきりとした。熱いお茶は美味しい。それを一気に飲み干してから席を立つ。


「送ってくよ」

「ううん、大丈夫だよ。士郎は大河ちゃんを寝かせてあげて」

「でも、最近物騒だし」

「物騒?」

「ああ。新都じゃガス漏れ事故が多発してるし、深山でも殺傷事件があったとか。だから、送ってく」

「………いや、本当に大丈夫だから。そんなに遠くないし、心配しないで」


慌てて笑顔をつくりながら思案する。
新都のガス漏れ事故。深山の殺傷事件。
それは恐らく───サーヴァントの仕業だ。
10年前が甦る。夜の世界で闘った、あの日々が。


「…じゃあ、気をつけろよ」


玄関まで見送りにきてくれた士郎が真剣な表情で言う。わたしは笑顔でこたえる。


「うん。今日はありがとう。また遊びに来るね」

「いつでもどうぞ。うちは来るもの拒まずだからな」

「そうだね。じゃあ…おやすみ、士郎」

「おやすみ、楪」


手を振って衛宮邸を後にする。
外は冷気に包まれた夜。静寂のなかをひとり歩く。
(…もう一般人に被害が出てるのか)
速い、と思った。今回は10年前よりも血の気が多いのかもしれない。
…まあ、前回が慎ましやかな闘いだったかと訊かれれば答えはノーだけど。


「…はあ」


吐き出した息が白く濁って消えてゆく。
さて、どうしたものか。
此度の聖杯戦争に関する情報があまりにも少なすぎる。
一応時計塔に居るウェイバーが協力してくれているのだが、あちらからまだ情報は来ない。
なにもわからないまま無闇に動くのは危険だ。下手をすれば命を落とす。そんなデッドエンドは御免だ。


「……うーん…やっぱひとりじゃやりにくいなぁ」


もっとこう、誰かと協力してばばっと解決したいんだけど。
そう独りごちた時───気配は嗤った。



「なら、俺が協力してやろうか?お嬢ちゃん」



殺気。
咄嗟に息を飲んでその場から飛び退く。
手放したキャリーケースが派手な音を立てて地面にひれ伏した。


「ほう、悪くねえ動きだ。だが───遅い」

「───ッ!」


ひやり、と風が首筋を撫でた。
静かに背後を見遣る。


「…サーヴァント」


闇に浮かぶ青色はくつくつと嗤う。
わたしの背中に得物の切っ先を突きつけながら。


「はじめまして、だな。あんた、弦切楪で間違いねえか?」

「……………」

「おっかねえ顔すんなよ、折角の美人が台無しだ。俺自身、あんたに恨みはねえが…これはマスターからの指示でな」

「貴方の…マスターから…?」

「ああ。あんたを捕えろ、ってな。抵抗する場合は殺せとも言ってたが───」


青い髪に赤い瞳を持つ長身の男はにやりと唇を歪めた。


「ま、大人しくついて来てくれや。俺だって赤の他人を殺すのは気が引ける」


言いながら、背後のサーヴァントは武器を降ろす。
わたしはその隙を見逃さず、身体を反転させた。
そのまま加速の魔術をかけた小ぶりなサバイバルナイフを数本投擲する。


「───ッと!」


眼球と頸動脈を重点的に狙ったそれを難なくかわし、青い英霊は素早く距離を詰める。瞬きをする間もなく脳天に向かって突き出される刃。剛速球にも似たそれを、わたしは両手で防いだ。


「ふ、っ…!」

「なに…?!」


一瞬だけ攻撃が止まる。見えない壁に弾かれる武器。素早く間合いを取る。得物を構え直して青いサーヴァントはこちらを睨みつける。


「…てめえ、何者だ」

「さあね。少なくとも、貴方に教える義理はない」


ロングコートの裾が風を受けてばたばたと鳴く。目の前の男は険しい顔をして、手にした武器を握りしめる。
紅い長槍。
それが、彼の宝具だった。


「…ランサー」


槍の英霊は、総じてその呼び名を持つ。
わたしの呟きに彼は頷く。


「ああ、見ての通り俺は槍の英霊だ、で、てめえは何なんだ?宝具の攻撃を素手で防ぐような女が、まさか一般人な訳がねえよな?」

「…………」


わたしはなにも言わない。答える気もない。ただ、どうすればこの窮地から脱出できるかを考えていた。このままでは恐らく殺される。わたしの魔力が尽きれば、『絶対神盾(アイギス)』も消えてしまう。奴と闘えば力尽きるのは確実にわたしの方だ。体力に差がありすぎる。


「チッ…仕方ねえな」


面倒臭そうに舌打ちをして、ランサーは槍を大きく構えた。
同時に、大地が揺らぐ。
(───な、)
彼の槍は、周りの魔力を吸い上げていた。
じわじわ、なんてレベルじゃない。
暴飲暴食。
そんな言葉がぴったりな具合に。


「…く……!」


あの男は、いま此処でわたしにトドメを刺すつもりだ。
じり、と後ずさりながら防御態勢を取る。


「無駄だぜ。あんたにこの攻撃は防げない」


そんなわたしを、不敵に笑って見遣るサーヴァント。
その眼はまるで、猛犬のよう。


「この槍は、必ずあんたの心臓を貫く。因果を捻じ曲げてでも、絶対に」

「───!!」


その言葉に、わたしは臨戦態勢を解かざるを得なかった。
(因果逆転攻撃…)
それは、わたしが唯一ランクに関係なく太刀打ちできない宝具攻撃だった。
嗚呼、この英霊には敵わない。
そう悟って両手を上げる。


「…なんのつもりだ」

「降参。まけました」

「ハァ?!」


素直に負けを認めたわたしの鼓膜を揺らす大声はあのサーヴァントのもの。槍を構えるのも忘れて彼はわたしを凝視している。


「お、おい!なに言って…」

「因果を捻じ曲げるものにはどうやったって勝てないよ」

「そ、そりゃあなぁ…俺の一撃必殺だし」

「うん、だから降参。何処へなりとも連れていってください」


そう告げたわたしを呆けたように見つめ、彼は呟く。


「…あんた、プライドってモンはねえのか」

「そんな詰まんないモノ守って死ぬより、命乞いして生きたほうがずっと有意義な人生だとおもう」

「………ぶっ、く…はははははははははッ!!」


至極真面目に答えたつもりが、何故か爆笑された。し、失礼な奴め!


「ひとの真摯さを嗤うなー!」

「いや、馬鹿にしてる訳じゃなくてな…くくっ…正にその通りだと思ってよ」

「え、」

「いやー楪だっけか?あんた面白ぇな!」


笑いすぎて涙を流す青い男はわたしの背中をばしばしと叩いた。むっとしながら睨み上げても効果なし。むしろ火に油。


「はー、久々に大笑いしたぜ。腹筋が攣りそうだ」

「攣ればいいよ。そのまま捻じれちゃえ」

「なんだよ、折角ひとが褒めてやったのに。かわいくねーなあ」

「嬉しくないし」


口を尖らせながら倒れたままのキャリーケースを手に取る。買い換えたばっかだったのに傷ついちゃった。あーあ。


「…で、何処に行けばいいの?」

「あ?」

「さっき言ってたじゃん、わたしを捕まえて来いって言われたとかなんとか。捕まってあげるから、はやく行こうよ」

「ああ、それなあ」


はあ、と大きなため息を吐いてランサーはわたしを見る。首を傾げるとばつが悪そうに頭を掻く何処かの英雄。


「ほんとはあんなクソマスターの命令なんざ聞きたくねぇんだがよ。こっちの事情で逆らうこともできねえからついてきてもらうぜ」

「…マスターと仲悪いの?」

「まあな。はっきり言って相性は最悪だ」

「わー。御苦労さまだね…」


ほんとだぜ、と項垂れるランサーはなんだか不憫だった。あれ、マスター運ない英霊って前にも居たような…。


「んじゃ、ちょいと寝ててくれや」

「え───」


なにを言われたか理解するよりはやく、ランサーの手がわたしの首筋に触れた。
途端、身体の力が抜ける。


「ぁ…、」

「悪ぃな。意識を刈り取った状態で持ってこい、ってのがウチのマスターの指示なんだ」


そんな言葉を聴きながら、わたしの意識は泥沼のような濁った闇へと堕ちていった。


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