「ごめんくださーい」


ベルを押しながら人気のない玄関先に向かって声をかける。大きな武家屋敷は相も変わらず綺麗に手入れされていて、家人の生真面目さが表れているなと思った。


「はーい」


どたばたと駆けてくる足音。数秒もせずに開く引き戸。まみえた姿は、予想以上に。


「……うわあ、大きくなったねえ」


高校生にしちゃ小柄なんだろうけど、と付け足す。
するとドアに手をかけたままの少年はぽかんとした表情で瞬きを繰り返した。


「……………」

「…あれ、もしかして怒った?ごめんごめん、悪気はなかったんだよー。ゆるして士郎」

「………もしかして、楪…なのか?」

「いや、もしかしなくてもわたしだよ」


一体何を言ってるのかねきみは。
驚いたようにわたしの名を呼ぶ少年は、名を衛宮士郎と云う。
衛宮切嗣の息子であり、この武家屋敷の現家主だ。


「な……な、なんで居るんだ…?」

「なんでって、帰って来たからだけど」

「い、いつ?!」

「ついさっき」


ほら、と手元のキャリーケースを指さすと彼は納得したように頷いた。


「…じゃなくて!」


そして再び取り乱した。


「な、なんでいきなり?!」

「えーと…まあ、仕事の関係で。ていうか、士郎。5年ぶりに会うのになんか反応冷たくない?」

「5年ぶりの再会にけろっとしてんのはどっちだ!」


手足を忙しなく動かしながら叫ぶ士郎は元気だ。わたしはにっこりと笑う。


「あはは、いやぁ…でも、士郎が元気そうで良かった」

「…楪も、元気そうで安心した」


ふっと笑う士郎はわたしが覚えている時よりずっと大人っぽい。
嗚呼、彼も成長したんだなあ。


「ほら、そんなとこに居たら寒いだろ。はやく入れよ」

「はーい」


急かされて玄関へ足を踏み入れる。懐かしい香りがした。思わず立ち止まる。そんなわたしを見て、此処の家主は温かく微笑んだ。


「おかえり、楪」


久しく忘れていた感覚。
なにも失うことのない安穏。
それに触れることへの、罪悪感。


「…ただいま、士郎」


もう何処にも居ないひとの面影がみえる。
誰よりも理想を抱き、誰よりも絶望したセイギのミカタの背中。
焼き付いたイメージを振り切ってわたしは懐かしい敷居を跨いだ。








「しかし、士郎も大きくなったねー」

「それ、さっきも聞いたぞ」


お茶受けをむぐむぐと頬張りながら素直な感想を漏らしたらそんな突っ込みを頂いた。


「あれ、そうだっけ。多分それだけ吃驚したんだよ」

「他人事だなぁ。そう言う楪は変わってないな」

「ちょっとは大人の女に近づいたと思うよ」

「自分で言うなよなー」


呆れたように笑いながら士郎は湯のみを呷る。そこに切嗣を失ったときの慟哭は存在しない。


「ひっどいなー。わたしがイギリス行くとき、泣きながら引き留めてきた可愛い士郎は何処へ行ったのやら」

「んなっ!あ、あれは若気の至りだ!」

「あの時の士郎はほんと可愛かったのになー」


ちょっとからかってやると士郎は真っ赤になって反論してきた。うん、なんか明るくなってる。良かった。
わたしの記憶に居るのは、葬式の時に涙を流さず遺体を見つめていたはち切れそうな少年。
いまの彼にその面影はない。
きっと、大河ちゃんや友達が彼を支えていたのだろう。


「楪、今日は夕飯食べて行くんだろ?」

「え、いいの?」

「いいもなにも、昔っからそうだったじゃないか。今更なにってんだ?」


さもそれが当然と云うように屈託なく笑う少年の笑顔が眩しくて、わたしはすこしだけ泣きそうになる。
(こんな、平穏な世界が)
赦されるというのか。
これから再び、闘いに身を投じるわたしに。
幾許もの想いを見殺しにしてきた、罪人に。


「…うん。じゃあ、お願い」


これが最後でも構わない。
どうか、此処にある幸せだけは消えないように。
わたしは強く頷いた。


「帰国祝いになんか豪華なモノ作んなきゃな。楪はなにが食べたい?」

「おにぎりー」

「質素だな…」

「士郎のおにぎり美味しいじゃん」

「そうか?俺は楪の作ったやつが好きだけど」

「あ、じゃあ一緒につくる?おかずは茄子の味噌炒めがいいな」

「よしわかった」

「あと秋刀魚が食べたいです」

「あ、丁度藤村組からおすそ分けで貰ったやつが冷凍庫に居るんだ」

「わーい!」


はしゃぎながら食材を出して台所に並ぶ。隣に立つ少年はいつの間にかわたしの背を追い越していた。少し高くなった目線を嬉しく思う。


「よーし、大河ちゃんが来るまでに頑張ってつくるぞ」

「そうだな。藤ねえ、きっと喜ぶぞ。久々に楪と会えるんだもんな」

「今日は酒盛りだね」

「この飲兵衛が。程々にしとけよ」

「大丈夫だって。大河ちゃんはわたしが止めるから」

「そうしてくれると非常に助かる」

「まかせろー」


腰に手を当てて胸をはると、士郎は楽しそうに破顔した。その笑顔は昔からなにも変わらない。温かな気持ちを抱きながら、わたし束の間の幸せに身を委ねた。


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