びゅう、と吹き荒れる木枯らしに鼻を鳴らした。
「あー…さっむ」
新年が明けてもうすぐ一カ月が経つ。冬真っただ中の日本はわたしに厳しい。まあ、あっちも寒いことには変わりないんだけど。
「でもねーこっちの寒さとは別物なんだよねー」
ぶつぶつと呟きながら線香を立てて花をそなえる。容赦なく頬を刺す冷たさに顔を顰めながら手をあわせて目を閉じる。数秒後、震えながら目を開けたら吐く息が白かった。
「やっぱ冬に墓参りなんてするもんじゃないか…さーむーいー」
よっこらしょと立ち上がって薄曇りの空へ昇ってゆく線香の煙を眺める。 ゆらゆら、ゆらゆら。 燻ぶる白。 まるで───あの日のようだ。
「…にしても、早過ぎだって。てっきり半世紀後かと思ってたのに…」
溜息まじりにコートをなおして墓石に向き直る。 無機質な墓碑。そのなかに眠るひとへ、言葉を。
「とにかく、わたしは出来ることをやるよ。そして───今度こそ、この闘いを終わらせる」
だから…見ていて、切嗣。 貴方が願った終わりを。 あのひとが祈った未来を。 今度こそ、叶えてみせるから。
「…じゃあ、またね」
近いうちに会いたくはないけど、と言い残してわたしは墓地を後にした。 此処は日本の冬木市に在る、柳洞寺裏の墓場。 昔馴染みの場所である此処に来るのは、実に5年ぶりだった。
あの忌まわしい聖杯戦争から、10年。
闘いが終わってから衛宮家に出入りしていたわたしは、家主が逝去してから日本を離れた。 勿論旅行ではない。ロンドンの時計塔に、魔術の勉強をしに行ったのだ。 魔術刻印はなくとも魔術回路はある。それを無駄にしたくがないための渡英だった。 そしてそこで5年間みっちり魔術の勉強をして、わたしは晴れて一人前の魔術師になった。 ───筈だった。
「まぁ…実際はウェイバーの助手してただけなんだよね…」
そう。 イギリスはロンドンの一流魔術学校へ行っておきながら、わたしは。 この5年間、誰に師事するでもなく、知り合いであるウェイバー・ベルベットの助手として平和な日常を過ごしていたのだった。 ウェイバーというのは前回の聖杯戦争で知り合った魔術師だ。闘いが終わったあとも連絡を取り合っていたら何故かこうなった。彼は本国イギリスの時計塔でいまは講師として働く身である。しかし生徒は誰も彼をウェイバー先生などと呼びはしない。 ロード・エルメロイU世。 それがいまの彼の呼び名だ。 彼は聖杯戦争が終わってから、闘いの最中に命を落とした己が講師───ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの実績を纏めあげた。その功績が高く評価されたことによって、アーチボルト家からロード・エルメロイの称号を贈られたのだとか。詳しい話はよく知らないというか聞いた気がするけど難しくてわからなかったので割愛する。ちなみにわたしはまだ彼のことをウェイバーと呼んでいる。それについて彼は「今更呼び名を変えられても気持ち悪い」と言っているので不興は買っていないようだ。 とりあえず、そんなこんなで割と偉くなったウェイバーの元でわたしは基本的な魔術を習いながら助手をしていた。これは後から気付いたことなのだが、彼は予想以上にひとにモノを教えるのが巧い。おかげさまでわたしは自分の魔術回路を最大まで活用できるようになった。魔術もちょっと使える。その点ウェイバーには感謝してもしきれない。 で、だ。 そんなわたしがどうしていま、イギリスから故郷である冬木市に戻ってきているかというと。 簡単な話。
聖杯戦争が始まったのだ。
第5次聖杯戦争。 この冬木に於ける5度目の聖杯降臨はそう呼ばれている。 前回の闘いから僅か10年。史上最も短いスパンで再開された忌まわしき儀式。 その始まりを聞かされたのは、つい3日前。流石のウェイバーも吃驚していた。今まで60年周期でやってきていたものが突然こんな形で始まれば誰だって驚く。 そしてわたしは帰国した。 何故か。そんなのは明確だ。 聖杯戦争を終わらせるため。 理由なんてそれしかない。
「…しかし、それがこんなにも早まるとはね」
前回で聖杯は破壊され、闘いは終わった筈だった。 しかし儀式は続いている。現にこうして新しい聖杯戦争が始まったのだ。 (今度こそ、終わらせる) すべてを叶える呪いの器。そこから溢れだした泥が創り出した地獄を、忘れはしない。 しかしわたしが終焉を求めるのは、大義名分めいたものの為ではない。 ただ───大切なひとの祈りを、叶えたいだけなのだ。 あの血の海で見た笑顔を裏切りたくない。その想いだけを胸に、今日まで生きてきた。
「───待っていて、ディルムッド」
左手首に光る髪留めに触れて、愛しい名を呟く。 もう二度と過ちを犯さないように、と。 強く願いながら。
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