相変わらず、空を見上げる。
それ以外やることがなくなってきた。
昼食を食べ終えて、それぞれやることがあるからと居間から去って行ってしまった。
わたしはまたひとりぼっち。


「…平和だなー」


屋根の上に居るであろうアーチャーがそうだな、と言った気がした。あ、なんだ。ひとりじゃないじゃん。


「あれ、なにしてんだ楪」

「お?」


アーチャーをびっくりさせたいから屋根の上にでも登ろうかと考えていたら居間に士郎が戻ってきた。あれ、まだ出て行ってから1時間くらいしか経ってないぞ。


「士郎、凛ちゃんの魔術講座は?」

「ああ、今日はもう終わりだって。遠坂も色々準備があるらしい」

「へー」


生返事を返すと笑われた。いまのは流石に気を抜きすぎたか。


「なんか、楪…昔のじいさんみたいだ」

「…切嗣?なんで?」

「居間とか縁側でそうやってのんびりして空見上げてるところが似てる」

「あー、」


無意識の行為。いつの間にか影響されていたんだろうか。自分で似せてるつもりはないから、きっとそうなんだろう。


「セイバーは?まだ道場か?」

「じゃないかなー。うちのディルムッドと手合わせしてるみたいだけど」

「ふうん」


素っ気なく頷いて士郎はお茶を淹れる。いそいそとテーブルに近づいたらお茶受けが出て来た。


「緑茶でいいか?」

「うん」


温かいお茶が入った湯呑みを受け取る。士郎はわたしの向かい側に座った。


「…なんか、賑やかになったね。この家も」

「そうだな。最初は藤ねえと楪、親父と俺だけだったのに…いまじゃ大所帯だ」

「お昼作るの大変だったんだからー」

「手伝えなくてごめん。でも美味かったぞ。あの味噌汁とか絶品だった」

「ああ、あれはアーチャーが作ったんだよ」

「ぶっ!」


見事にお茶を噴きだした士郎はゲホゴホと噎せながらこちらを見遣った。いいリアクションだ。


「あっ…アーチャーが?!」

「うん。おにぎりも半分くらい作ってくれた」

「…嘘だろ」

「ほんとだってば」

「……………」


まるで幽霊でも見るかのような顔をする士郎。嘘じゃないよ。


「…信じられない…あのアーチャーが…」

「士郎、アーチャーのこと嫌いなの?」

「…好きじゃないな。あいつとは根本的に気があわない」

「へえ」


珍しいな、士郎がひとを嫌うなんて。
(…似てるのに、な)
むしろ、似てるから?
よくわからないや。


「ディルムッドとは上手くやれそう?」

「ああ、ディルムッドはいい奴だ。セイバーも気に入ってるみたいだし、稽古もかなり厳しいけど為になる」

「そっか。怪我とかしないようにね」

「そこら辺は大丈夫だよ。あいつら、ちゃんと手加減してくれてるし」


にへっと笑って士郎はお茶を啜った。ま、士郎が愉しそうならいいか。
お茶受けを口に入れて甘さを噛みしめる。彼はなにやら道場の方向を見つめていた。


「…士郎?」

「っ、あ、なんだ?」

「…道場に用事でもあるの?」

「……いや、別に」


そう呟いて士郎は俯いた。いま道場にはセイバーとディルムッドが居るはずだけど…。


「もしかして、セイバーのこと気にしてるの?」

「えっ?!」

「ディルムッドに取られちゃうかも、とか思ってる?」

「そっ、そんなこと!!」


士郎は顔を真っ赤にして反論する。おーおー、若いね。ていうかわかりやすいなー。


「まあ、セイバー美人だからねー」

「…っ、それは否定しない」

「小柄で守ってあげたくなるよね」

「……でもあいつ、自分が闘うって言って聞かないんだ。女の子なのに」

「そりゃそうだよ。だってセイバーはただの女の子じゃなくて、サーヴァントなんだから」

「だとしても!女の子が傷つくのは厭だ。なら俺が闘う!」

「…士郎、人間じゃサーヴァントには敵わない。それくらいわかってるでしょ?」

「…わかってる。だけど、やらずにはいられないんだ」


声を絞り出す目の前の少年は、悲壮なまでに己の信念に殉じていた。
成る程。そんな士郎を鍛えるための、修行、か。


「凛ちゃんもセイバーも、士郎のそういうとこ理解してくれてるみたいで良かった」

「…え、」

「だって理解できなきゃ修行なんてやってくれないでしょ」

「…ああ。遠坂達には感謝してる」


微笑む士郎。きっとそれは正しいことではないんだろう。けれど、それが彼の生きる道なのだ。だからわたしはそんな少年を全力で応援することしかできない。正しくなくたっていいんだ。


「誰かを守りたいって気持ちで聖杯戦争なんかに参加しちゃう士郎はやっぱり士郎だよね」

「む。なんだよ、文句あるのか」

「ないよ。士郎が士郎らしい理由で戦いに参加したことが、なんか嬉しかっただけ」


笑ってお茶を飲む。仄かな苦み。10年前、地獄で見つけた少年はすこしだけ大人びているように見えた。


「……なあ、楪」

「ん?」

「楪も、サーヴァントは道具だって割り切ってるのか?」

「へ?別に割り切ってはいないよ。でも闘うことには反対しない」

「…それってどういう意味だ?」

「だから、ディルムッドは道具なんかじゃないけど、サーヴァントとして現界してるなら敵との戦闘は避けられない。彼自身も闘うことを望んでる。だから止めないってこと」

「っでも、そんなことしたらサーヴァントは傷つくかもしれないんだぞ!もしかしたら敵にやられることだって…」

「危ないときはわたしが守る。守って貰ってるばかりじゃマスター失格だし、あくまでサーヴァントとは持ちつ持たれつで居たいから」

「…………」


まあ、つまり。
わたしも士郎も似た者同士ってことだ。
聖杯は要らない。ただ守りたい誰かが居る。だから闘う。
そんな単純な理由で此処に居る。
いいじゃん、それで。


「誰かを、なにかを守りたいって気持ちが大切なんだから、士郎だって迷うことはないでしょ?」

「…そう、だよな」


それまでぽかんとしていた士郎がふっと笑う。うんうん、それでいいんだよ。たとえ歪んでいたとしても、そうすることでしか息が出来ないなら、それで。


「…で、セイバーのことだけど。ディルムッドはたぶん奪ったりしないから安心して」

「んなっ!い、い、いきなりなんだよ!」

「いや、だってさっきから道場の方ずっと見てたから。やっぱ気になってるんだろうなあって」

「そっ、そんなこと!」

「あの二人は騎士として仲良しさんなんだよ。誇りの共有が出来る好敵手ってとこ」

「…そうなのか…?」

「そうなのです」


はあっと安堵のため息をつく少年。やれやれ、大変だね士郎も。


「…というか、楪とディルムッドってどういう関係なんだ?10年前の聖杯戦争で一緒に闘った仲間、って言ってたよな?」

「んー…まあね。その途中でディルムッドは敗退しちゃうんだけど」

「敗退…」

「そ。マスターとの不和が重なって、令呪で自害を命じられてそのまま。わたしは目の前でそれを見てた」

「なっ……自害って…」

「色々あったんだ。わたしはディルムッドを守れなかったことをいままでずっと後悔してきた。だから、今回の奇跡は本当に嬉しかったよ」

「…でも、戦いに参加すればいつかは」

「それを承知の上で参加したの。そんな簡単には消えてやらないよ。今度こそわたしはディルムッドを守るし、目的を達成する」


士郎の眼を見つめてそう言いきる。彼は穏やかに頷いた。


「そうか。楪らしくて安心した。一度決めたことは絶対に貫くとこ、変わってないな」

「難儀な性格だけどね、色々と」


それはお互い様か、なんて呟いてお茶を飲み干した。


「あ、あとね士郎」

「なんだ?」

「ディルムッドはわたしのモノだから、セイバーと浮気なんてしないよ。だから安心して」

「…ッ?!」


がったん!と派手な音をたてて士郎が立ち上がろうとして机に足をぶつけて悶える。そんな焦らなくてもいいじゃん。


「そ、それってつまり、」

「恋人、ってことになるのかな。ディルムッドもわたしが好きだっていうし、わたしもディルムッドのこと好きだから」

「…………」


口をパクパクと開け閉めする士郎は金魚みたいだった。


「…さ、サーヴァントと恋仲って…い、いいのか…?」

「別になっちゃいけないなんて決まりないよ?」

「そ、それはそうだけど…」

「そういうわけで、頑張れ少年。応援してるよ」

「………っ!」


満面の笑みでエールを送ったら、少年は顔を真っ赤にして台所に逃げ込んでしまった。


「ばっ…晩飯つくる!」

「手伝おうか?」

「いや、いい!」


どたばた、どすん。そんな音を立てながら士郎は所狭しと台所を走り回る。エプロンをした少年の背中からは、甘酸っぱい慕情が溢れだしていた。


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