「───で?つまり、貴女は前回の聖杯戦争に関わってて、あのディルムッドはその時に敗退したサーヴァントで、バーサーカーにやられた貴女が死の淵で召喚したのが彼だったってことね?」

「うん。火事場の馬鹿力ってほんとにあるんだなって思ったよ」

「そんな軽く片付けて良いことじゃないわよ、それ。血液と触媒だけで英霊を呼びだすなんて聞いたことないっつーの」


大げさに溜息を吐いて凛ちゃんはお茶を啜った。衛宮邸での夕食後、穏やかな時間。今日は大河ちゃんが来なかったので、こうして冬木の管理人である遠坂の娘の凛ちゃんと色々話しております。ちなみにセイバーはお風呂、ディルムッドは士郎と一緒に稽古中。いつの間に仲良くなったんだあいつら。


「しかし、こう考えてみると貴女ってほんと論外な存在よね。士郎も士郎で有り得ないけど」

「そうかな。まあ、わたしもよくわかってないからね、自分の力のこと」

「せめて身体の中にある聖遺物の正体がわかったら違うんだけど…」


眉間に皺を寄せてぶつぶつと何かを呟く凛ちゃん。女子高生らしからぬ気迫です。


「…でも、どうしてディルムッドに拘ったの?貴女の魔力量なら、魔術師でなくとも正規のサーヴァントを召喚できた筈だけど」

「最初はサーヴァントを召喚して聖杯戦争に参加する気はなかったんだよ」

「はあ?だって貴女、10年前の戦いにも関わってたんでしょう?」

「あくまでも関わってただけで、参加していた訳じゃない。まさか自分がマスターになって勝ち進むなんて考えは出てこないよ」

「…待って。じゃあ楪はサーヴァントもなしにどうやって聖杯戦争を終わらせる気だったの?」

「それは、ええと…まあ…行き当たりばったりで」

「計画性ないわね!」


曖昧に笑う。凛ちゃんは苛立ちを隠そうともせずにお茶受けをばりばりと咀嚼した。


「前回もほとんど運だったから、今回もなんとかなるかなーって」

「だから!そういうところが駄目なのよ楪は!」

「へっ、あ、はい」

「ぼやぼやしてるとそのうち付け込まれるわよ!あのクソ神父とかにね!」

「あははは……」


クソ神父という単語で思い当たる人物はひとりしか居ないが、もし凛ちゃんの言う人物がそいつだったなら、もうわたしは付け込まれていることになるんだろうな。怒られるのがこわいから言わないけど。


「…ま、私は貴女達が目的の為に役に立ってくれればそれでいいから」

「うん、わかってる。わたしとディルムッドも、自分たちの目的のために協力してるんだしね」

「楪って妙なところで合理的よね。魔術使いとしては上等だと思うわ」

「それはどうも」


褒められてる気がするような、しないような。温いお茶を飲みこんで苦笑すると、凛ちゃんは徐に立ち上がった。


「聞きたいことはもう聞いたし、なんとなく状況も理解できたわ。とりあえず、宜しく頼むわね」

「こちらこそ。凛ちゃんは優秀な魔術師みたいだし、頼りにしています」

「あのね…貴女、年上としての威厳とかないの?」

「え?」

「…いえ、気にしないで。じゃあ、わたしは部屋に戻るから」

「はーい。おやすみ」


ひらひらと手を振って凛ちゃんを見送った。ディルムッドはまだ戻って来ない。稽古が終わるのは恐らくもう少し後だろう。なんて考えていたら、居間の扉が再び開いた。


「あれ、セイバー」

「女神。凛はどうしたのです」

「凛ちゃんならもう部屋に戻ったよ。セイバーはお風呂あがり?」

「はい。貴女も入ってはどうですか?」

「そうだね。暇だし、お風呂借りようかな」

「ええ、そうすべきです。シロウは何処へ行ったかわかりますか?」

「あ、ディルムッドと道場に行ったよ。稽古つけてもらうーって」

「おや、それでは私も参戦しましょう。シロウを鍛えるいい機会です」

「おー、お手柔らかにねー。士郎は人間だからね、一応」

「はい、承知しています」


そう言ってセイバーはタオル片手に微笑んだ。おお、こういう表情もできるんだね。10年前とはなんだか印象が違う。士郎の影響かな。


「…セイバー、そっちの方がいいね」

「はい?」

「10年前より、いまの方が雰囲気柔らかくて素敵だよ」

「……そう、でしょうか」

「うん。士郎のおかげかな」


士郎はいい意味で切嗣と違うからね、と言えば、そうですね、とセイバー。


「まさかキリツグの息子とは思いませんでしたが」

「だろうねー。そういえばセイバー、切嗣のことは士郎に話したの?」

「…いえ、まだ。話す必要はないかと思いまして」

「そうだね。いまはまだ、黙っておいた方がいいかも」

「はい。私もそう思います」


頷いたセイバーの隣に立ってわたしは紡ぐ。


「セイバー、士郎のことお願いね。見ての通り、優しい子だから」

「…承知しています。我が身は士郎の剣となることを誓った。彼は私が守ります」

「うん。頼りにしてるね」


それだけ告げて、わたしは居間を後にする。久々の衛宮邸のお風呂を浴びるべく、浴室へと足を向けた。





























「ふー。いいお湯だった」


濡れた髪を中途半端に乾かして居間へ戻ると、そこは無人と化していた。仕方ないので冷蔵庫からリンゴジュースを取り出して一杯呷る。


「ディルムッド達はまだ道場か」


あの後セイバーも参戦したとなると、士郎虐め…いや、士郎の稽古にはより一層力が入っているのだろう。あと1時間くらいは見ておいたほうが良いかもしれない。


「はー…」


少しお湯につかり過ぎたかもしれない。タオルを肩にかけて、火照る頬を押さえながら縁側に出る。冬の夜空は澄み渡っていて、きれいな半月を映し出していた。


「…ん?」


ふと気配を感じて辺りを見回せば、土蔵の前に誰かが佇んでいた。…誰だろう。あの土蔵に近づくのは士郎くらいだと思うんだけど…士郎はいま道場だし…。
(…まさか)
思い当たる人物がひとり。わたしは適当にサンダルをつっかけて外へ足を踏み出す。冷気が身体の芯を一気に通り抜ける。白い息を吐き出しながら、ゆっくりと人影に近づいた。


「…アーチャー?」


ちいさな声で呼びかけてみる。
その人物は、ゆるりと振り返った。


「……なんだ、きみか」


別段驚いた様子もなく、彼は言葉を吐き捨てる。
(これが、アーチャー)
先ほどは見えなかったけれど、いまははっきりと姿を捉えることが出来る。
浅黒い肌に白い短髪。鋭い目つきに赤い外套。
いままで出会ってきたどんなサーヴァントよりも───強い、親近感を抱いた。


「なにをしに来た。私に話でもあるのかね」

「えっ…あ、」


我を忘れて姿を見つめていた意識が、ふっと呼びもどされる。
赤い弓兵はわたしの正面で怪訝そうな顔をしていた。


「あの、さっきはありがとう」

「…さて。何のことだかわからないが」

「凛ちゃんに言われてわたしを捕えてたときだよ。形だけはそうしてたけど、傷つけないように気を使ってくれてたでしょ?」

「………」


アーチャーは黙り込んでわたしを見つめる。その瞳は少しだけ驚愕に染まっていた。


「勘違いだ。私は凛の指示があればすぐにきみを斬り捨てていただろう」

「そんなことする人が、わざわざ短剣の峰を首筋にあてたりはしないと思うけど」

「───ッ、」


今度こそ彼の表情が驚愕に染まった。にやり、わたしが笑う番だ。


「わたしの気配察知スキルを甘くみないで欲しいな」

「きみのは気配察知というより、危険感知だろう」

「あれ、なんで知ってるの?」

「偶々だ」


そっけなく言ってアーチャーは目を反らした。無愛想だなあ。


「アーチャーは此処でなにしてたの?」

「見回りだ。最近物騒なのでな」

「それ、冗談として言ってる?」

「さあ?」


皮肉気にわらって彼はわたしを見遣った。ば、ばかにしてー。


「…かわいくないなあ」

「男に可愛さを求めるのが間違っていると思うが」

「失礼な!うちのディルムッドは可愛いもん!」

「…ああ、あの槍兵か」


アーチャーが思い出したように顔をあげる。なんだろう、ディルムッドのことを知っている風だけれど。


「そうか。此処に居るきみは、もう後悔に身を焼き尽くされることもないのだな」

「……え…」


ぽつり、と。
そう呟いて、目の前の弓兵は一瞬だけ穏やかな顔をした。


「…アーチャー…?」

「いや、これはただの戯言だ。聞き流してくれ」

「え、でも───」


聞き流せるのなら、最初からそうしている。
尚も言及しようとするわたしの視界が、一瞬で真っ黒に染まった。


「っ、う、わ!」


敵襲かと身を強張らせる。
が、やってくる筈の打撃はなく。
わたしの身体には、ただ、頭を軽く揺さぶられるような振動が響くだけ。


「…あ……あれ…?」


そっと、自分の顔の前に手を翳す。
指先に触れたのは布の感覚。
ゆっくりとそれをめくれば、世界が見えた。


「……あ、アーチャー…」


見遣った先にあったのは、背の高い弓兵の顔。
間近に迫った赤い外套が鮮やかだ。


「全く、きみはなにを考えている。碌に髪を乾かさずに冬の夜を出歩くなど、正気の沙汰ではない」

「あ、あの…な、なにして…」

「戯け。きみの中途半端に濡れた髪を拭いているのがわからんか。このままでは風邪をひいてしまうだろう」

「は、はい…?」


わしゃわしゃわしゃ。乱暴に思えるが実は繊細に、アーチャーはわたしの髪をタオルで拭いていた。毛先までちゃんと、くまなく、しっかりと。


「お、おかあさんか!」

「きみがだらしない所為だろう!」

「わ、わたしちゃんと乾かしたよ!」

「ちゃんと乾かしたらこんなに濡れていない筈だが?」

「…途中で乾かすの飽きた」

「やはりな。きみはいつもそうだ。自分に関して無頓着すぎる」

「へ…?」

「少しは自分を大切にしろ、楪」


アーチャーは、何故か悔しそうな表情をしながらそう言った。
(…どうして、)
わたしと彼が、こうして逢うのは初めての筈だ。
なのに何故。
彼はわたしの名前を知っているのか。
わたしは彼に親近感を抱いているのか。
なんだかもう、わからないことだらけだ。



「…自分より大切なものがあるのは、貴方も同じでしょう?」



ほとんど無意識に言葉が出ていた。
ぴたり。アーチャーの手が止まる。
彼の大きな手がタオル越しに頭に触れている。
そこだけじわりと温く、優しい。


「……それでもオレは、───」


聞こえないような声で零して、アーチャーは髪拭きを再開した。
わしわしわし。あたたかいしぐさ。
何故か懐かしい気持ちになる。


「…終わったぞ。顔を上げろ」

「ん、」


ばさりとタオルが取り払われる。開けた視界に月とアーチャーが映っていた。


「ありがとう、アーチャー」

「礼には及ばん。今度からちゃんと自分で乾かすべきだ」

「ええー面倒だなあ」

「あの槍兵か、ランサーにでも乾かして貰ったらどうだ?」

「え………」


ランサー、という言葉に目を見開く。え、あの、まさか、とは思いますが。


「…なんだ?気づいていないとでも思っていたのか?」

「だ、だって…言ってないし…」

「きみにあの男の魔力の残滓がついていたのでな。そうではないかと思っただけだ」

「………っ!」


か…カマかけられたー!!
な、なんたる不覚…!あわあわと口を塞ぐわたしを見てアーチャーはとても愉しそうにわらった。


「あっ…で、でもマスターなわけじゃないんだよ!その、いまは色々あって魔力供給してるけど…」

「そうかね。では、ランサーのマスターに脅されでもしたか?」

「えっ…うん…まあ……」


これ以上詮索されると余計なことまで暴露しそうだ。目を反らして言葉を濁す。


「わかりやすいのだな、きみは」

「う…余計なお世話です」

「相変わらず嘘が吐けないようだ」

「誰かさんと同じでね。…ってあれ?」


なんでそんなことが言えるのだろう。首を傾げたらアーチャーは苦笑してわたしに背を向けた。


「では、そろそろ失礼する。私も暇ではないのでな」

「暇じゃないひとが髪拭いたりするかな…」

「あれはきみが悪い」

「…でも、ありがとう。アーチャーは優しいね」

「…………」


黙り込む赤い背中。
それは、どこか。
あの日見た、かなしい背中に似通っていて。


「っ、アーチャー!」

「…?!」


思わず、その外套の裾を強く引っ張っていた。
意表を突かれたようにアーチャーが振り向く。


「な、なにを───」

「こんど、お礼させて!」

「…は?」

「だから、髪拭いてくれたお礼」

「そんなもの、必要ない」

「あるよ。わたしがしたいんだもん」

「…そんな自分勝手な、」


言いかけて、アーチャーは口を閉じた。わたしはじっと彼を見つめる。数秒の沈黙。


「…わかった。今度、きみのお礼とやらを甘んじて受け入れよう」

「それで宜しい。素直なのはいいことだよ、アーチャー」

「む。きみに言われると何故か釈然としないな」

「あ、拗ねるアーチャーかわいい」

「なっ……!」


かあっとアーチャーの顔が赤く染まった。おお、なんだか結構かわいいかも。皮肉屋かと思ってたけど、実はこんな一面があったのか。


「…やはりきみには敵わないな」

「えっ?」

「身体が冷え切るまえに居間に戻れ。そろそろ衛宮士郎達が戻って来るぞ」

「あ、ちょっと───」


そんなことを告げた瞬間にアーチャーの姿は掻き消えて居た。
取り残されたわたしは立ちつくすばかり。


「おーい、楪ー。そんなとこでなにしてんだー?」

「あ、」


居間の方から声がして振り向く。士郎が手を振っていた。アーチャーの言っていた通りだ。


「いまいくー」


あ、ちょっと寒い。中に入ったら士郎にお茶淹れて貰おう。そう思いながらふと空を見上げると、そこには半月と、揺れる赤が見えた。


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