ああ、やっちまった。
本日モ晴天ナリ。冬にしては温かな昼下がり、新都のショッピングモール『ヴェルデ』にて。
わたしは生きてきたなかで1、2を争う激しい後悔をしていた。


「ねえ、あのひとかっこよくない?」

「まじだ!やばい!超かっこいい!」

「外人さんかな?うわー俳優みたい!」

「握手して貰おうかな〜」


きゃっきゃとはしゃぐ女子高生の甲高い声。それに混じってOLさんや主婦の方々、果ては店員さんまでもが黄色い歓声を上げている。彼女達はみな何かに魅入られたかの様に目を輝かせ、ある一点を追っている。
その一点というのは、言わずもがな。


「………」

「…………」

「…………はあ…」


わたしの隣を歩く、輝く貌のディルムッド・オディナさん(年齢不詳)であった。


「…す、すまない楪…」

「…いや。これに関しては完全にわたしのミスだ。ほんとごめん」


前後左右から追って来る嬉しい悲鳴を浴びながらディルムッドは申し訳なさそうに目を伏せた。その憂いを帯びた表情に、周りから感嘆の声が漏れる。バラエティ番組かよ。


「おい、一体なにがどうなってやがる。ディルが美丈夫なのは認めるが、普通なにもここまで注目されるこたぁねえだろ」

「ごめん、ほんっとごめん」

「楪が謝ることではない。クー殿、実は…俺の右目下にある黒子にはチャームの呪いがかかっていて…」

「あーなんか聞き覚えあるかもしんねえ…愛の黒子だったか?確かそれを見た女は持ち主に激しい恋愛感情を抱くってやつ」

「正にその通りです」

「…楪、おまえまさか忘れてたのか?だからなんの対策もなしに買い物に来たと?」

「………」


じっとこちらを睨むランサー。渋々頷くと拳骨が脳天にクリーンヒットした。


「痛ッ!」

「この馬鹿!俺やおまえはいいかもしんねーけどな、困るのはディルだろーが!」

「だからごめんってさっきから言ってるじゃん!」

「気づくのが遅すぎんだよ!」

「だってわたしチャームとか効かないからすっかり忘れてたんだよおお!」


涙目で訴えるとランサーは苦い表情で溜息を吐いた。


「…まあ、来ちまったもんは仕方ねえ。なんか今から出来る対策考えるしかねえな」

「対策って…」

「黒子に絆創膏でも貼るか」

「ああ…ついでに眼鏡かけたらどうかな」

「眼鏡か…そりゃまたイケメン度がアップしそうだが…ないよりはマシか」

「確か上に薬局と眼鏡屋があった気がする」

「よし、そうと決まればはやく行こうぜ。被害は少ない方がいいだろ」

「ラジャー兄貴」

「おら、行くぞディル。ぼーっとしてたらあの女達に喰われんぞ」

「えっ、あっ…」


当の本人の意思をまるっと無視したまま対策を練って階上へ向かう。何処の階へ行っても歓声はやまない。


「まずは絆創膏だね。防水性のやつでいいかな」

「簡単に剥がれねぇやつがいいな」

「じゃあこれだね」

「眼鏡はどうするよ」

「うーん、ちょっとフレームが大きめの伊達で良いと思うけど」

「そうだな」


とりあえず薬局で絆創膏を購入して近くの眼鏡屋へ。そこでも店員さんの視線はディルムッドに釘付けである。チャームぱねえ。
ランサーがさっき言った通りの眼鏡を注文する。伊達なのですぐに仕立ててくれた。店員さんの目はハートになっていたが、仕事がはやくて有難い。
準備は全て整った。チャームの防具を持って喧騒から少し離れた階段付近へと移動する。


「よし、じゃあ絆創膏を貼って、それから眼鏡をかけよう」

「だな。ほら、顔かせディル」

「は、はい…」


ランサーから手渡された絆創膏を一枚広げて、しゃがんだディルムッドの綺麗な貌に貼りつける。目を閉じて貼り終わるのを待っているディルムッドはなんだかキスを待つお姫様みたいだ。かわいいな。


「はい、できた。じゃあ眼鏡かけて」


仕立てたばかりの大きなフレームの眼鏡をかけてやる。目を開けたディルムッドは不安そうな表情でわたしを見ていた。


「…ど、どうだろうか」

「うん、似合ってるよ。ディルムッドは眼鏡かけてもかっこいいんだね」


なんだかインテリっぽくて素敵だよと笑って頭を撫でたら、ディルムッドの顔が真っ赤になった。


「うわっ!ど、どうしたのディルムッド!ゆでだこみたいだよ?!」

「えっ、あ、ぅ、いや…な、なんでもない!」

「ほんとに?!どっか具合悪いとかじゃない?!」

「だっ、だだ、大丈夫だ!」


慌てたようにわたしから後ずさるディルムッドさん。えっなんか悪いことしました?状況が理解できなくてランサーの方を見遣ったら腹抱えて笑っていやがりました。この野郎…!


「ちょっとランサー、なに笑ってるの!」

「っくく…いや、だってよ…ぶはははっ!」

「説明になってねえ!」


壁にもたれかかって爆笑する猛犬の脚をげしげしと蹴って攻撃する。きみが泣くまで攻撃を…じゃなかった。そんなネタに走ってる暇はない。というかわたしはそもそも作品をちゃんと読んでいない。


「と、取り乱して悪かった。俺はもう大丈夫だ」

「本当?まだ顔赤いけど」

「…っ、こ、これはその、建物内が少し暑いから…!」

「…ならいいけど」


何故か微妙に挙動不審なディルムッドと未だ笑い続けるランサー。どうしてこうなった。


「…ま、いいや。じゃあ買い物の続きしに行こう」

「ああ」

「っはー、笑った笑った。久々に爆笑したぜ」

「ランサーは笑いすぎ」


もう一回脚を蹴る。いてっという声は無視。


「…で、男性服を買いに行くわけだけども。ディルムッドはなにか好みのファッションとかある?」

「いや、特には…現代の服がよくわからないからな」

「だよねえ」

「俺がコーディネートしてやるよ」

「なんか不安…」


だってランサーの服装ってどう見てもヤクザのにーちゃんなんだもん。こんな服着てうろうろされたら心が休まらない。


「うーん…でも士郎の服はサイズが合わないだろうしなぁ…」


やっぱランサーに選んで貰うしかないのか。士郎がもうちょっとガタイ良ければ…ってあれ…?


「………あ」


そうだ。すっかり忘れてた。
わたし、士郎に逢わなきゃいけないんだ。
士郎が聖杯戦争に参加したって一方的に聴かされただけで、士郎の口から直接は聞いてないし…士郎だってわたしが関わってることを知らないはずだ。
このまま言わないで進んでいけば必ず何処かで衝突する。そうなる前に手を打っておかないと。
(士郎が…聖杯を求める理由を知らなきゃいけない)
相手の意見を聞かずに攻撃する気はさらさらない。ただ、望みを聞いたところで聖杯戦争を終わらせる決意は揺るがないけど。


「…楪?」


顔を上げる。ディルムッドが心配そうな顔でこちらを覗きこんでいた。


「あ、ごめん。ぼーっとしてた」

「大丈夫か?」

「うん。心配しないで」


まだすこし不安そうにわたしを見てくるディルムッドに微笑んで足を進める。ランサーはわたしたちの一歩前を歩いていた。


「…ねえ、ランサー」

「あ?どうした?」

「ランサーは、もう全てのサーヴァントに逢ったの?」

「…いや、まだライダーには逢ってねえな」

「そっか。ライダー以外には逢った?」

「ああ。この前言ったように、セイバーとアーチャー。それからキャスターとアサシンはもう知ってる。バーサーカーはおまえらも逢っただろ」

「あれか…」


苦い思い出がよみがえる。バーサーカー。あの巨人にわたしは文字通り殺されかけた。…火事場の馬鹿力でディルムッドを召喚したことによって、彼の魔力で傷が塞がったので助かったんだけど。


「あのバーサーカーは手ごわそうだなぁ」

「あれだけじゃねぇ。他の奴もかなり手ごわいぞ」

「だろうね…」


英霊が皆一筋縄じゃいかないのはわかってる。前途多難そうだなあ。


「特にキャスターは面倒臭そうだ。俺はああいったねちっこい女があんまり好きじゃねえ」

「へえ、キャスターって女なんだ」

「ありゃ魔女だぜ。ったく、ただでさえ行き難い場所に陣地形成しやがって…」

「魔女かぁ…」


前回のキャスターがあんな感じだった所為か、全くイメージがつかない。まさかあそこまで残酷ではないよな…?


「…クー殿」

「ん?」

「街に残留している魔力は、まさかそのキャスターのものか?」

「気づいてたか。恐らくな。ありゃあの魔女の陣地で感じたモノと同じだ。あの女、一般人に手ェ出してやがるな」

「………!」


一般人に被害…?
それは、何処かで聞いたハナシだ。
そう。最近は物騒だからと。
士郎が言っていたじゃないか。


「…新都のガス漏れ事故…」


あれはキャスターの仕業だったのか。思わず顔を顰める。魔術師のサーヴァントには碌なのが居ないらしい。


「何の関係もない人間に手を出すとは…赦せんな」

「キャスターってのはいつの時代もロクデナシばっかみたいだね」

「ああ…」


ディルムッドも前回のキャスターが作り上げた惨状を思い出したのか、苦い表情をする。アインツベルンの森でみた残骸や、未遠川での戦闘が甦る。いま思い出しても厭な気持ちになるな…。


「…楪、そろそろ我々も動くべきだ。このまま黙っていても戦いは終わらない」

「そうだね。まずは、そのロクデナシから叩くか」

「おいおい、最初から魔女に挑むのか?あいつは用意周到な奴だぜ?」

「いきなり本丸には行かないよ。味見してみるだけ」

「味見って…」

「新都で起きてるガス漏れ事故を突いてみて、それから考える」

「…成る程な。いいんじゃねえか?暇だから協力してやるよ」

「ありがとう。今日は場所のめどがつかないから、明日のニュースを見てから動こう。いまはとりあえず、ディルムッドの服を買わないと」


そうだ、今日はそのために出かけてるんだから。余計なことは考えず、とにかく服を選ぼう。


「し、しかし楪…」

「うん、ディルの言いたいことはわかる。けど、焦ってもいいことはないよ。だから…ね?」

「……そうだな」


ふっと穏やかに微笑むディルムッド。あまり思い詰めないで欲しかったから、その笑顔が嬉しくてわたしもわらった。


「よーし、じゃあ男性服フロアに行こう!」

「だな。晩飯はどうするよ?」

「鐘馗奢るって言ったじゃん」

「そうだった!あーいまから楽しみだな」

「あんまり食べすぎないでよーわたしの財布にも限りがあるんだから」

「ケチくせえこと言うなよ。なあ、ディル?」

「…ショウキとはなんだ?」

「新都にあるお好み焼き屋さんだよ。あそこはお好み焼きもモダン焼きも美味しいんだー」

「オコノミヤキ…?」

「あ、そっか。ディルムッドはお好み焼き知らないんだ」

「何ィ?そりゃ人生損してるぞ!はやいとこ服買って喰いに行こうぜ!」

「それはそんなに美味しいのか?」

「うん、美味しいよ。だから後で行こう?」

「…ああ。楽しみだ」


ふわりと笑うディルムッド。10年前ではあまり見られなかったその表情に、不覚にも胸が熱くなってしまった。泣きそうなのを必死に堪えてわたしはディルムッドの手を握る。


「楪…?何故涙を…ど、どこか痛いのか?」

「っ、ううん。何処も痛くないよ。ただ、嬉しいだけ」

「え、」

「…傍に居てくれてありがとう、ディルムッド。貴方の笑顔が見られて、わたしは幸せだよ」


情けない顔で精一杯わらう。わたしの一番いとしいひとは、同じように泣きそうな顔できれいに微笑んだ。


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