「よォ、再会の挨拶は済んだか?」
遅めの朝食を摂ったあと、食器を洗って久々の我が家を点検していたら実体化したランサーがやってきた。 案の定押し入れに詰め込んであったダンボール(主に野菜や果物)の中身を改めていたわたしを覗きこむ青い英霊。
「おかげさまで。何処行ってたの?」
「マスターの処だよ。おまえは何してんだ?」
「押し入れチェック。藤村組の余り物がうちにも来てたから」
「うわ、すげえ数だな。林檎とミカンと…野菜か。ありすぎだろ」
「大河ちゃん、わたしが居ないのを良いことに我が家を物置にしてたんだろーなー」
「どうすんだこれ」
「どうしようね」
溜息を吐きながら立ち上がる。予想以上の物量に軽く眩暈。こんなん消費しきれないしなあ。大河ちゃん、近いうちに取りに来るかなあ。
「…アイツはどうしたんだよ」
「あいつ?」
「ディルムッド」
「ああ、ディルムッドならリビングで冷蔵庫の整理してるよ」
「…おまえ、人使い荒ェなー」
「人聞きの悪い。手分けしてるだけだよ。言峰と一緒にしないで」
それに冷蔵庫の整理はディルムッドがやるって言ってくれたんだもん。わたしが指示したわけじゃない。
「この家、おまえしか住んでねえのか」
「うん。おばあちゃんが10年前に死んでから、わたし以外に住む人は居なくなったよ」
「ほー。その割にはしっかり結界張られてるよな」
「その辺は切嗣がやってくれたんだよね」
「誰だそれ」
「わたしの後見人。5年前に死んだけど」
ダンボールを並べながら会話を交わす。ランサーは興味深そうに押し入れを覗いていた。そんなとこ見ても藤村組の余りくらいしかないぞ。
「楪、冷蔵庫の整理が終わったが、次は何を…あ、」
「おう、朝ぶりだな」
「クー殿。来ていたのですね」
軽く挨拶をするダブルランサー。そのまま和やかに時が進んでいくかと思ったが。
「…ディルムッド?」
部屋にやってきたディルムッドはそそくさとわたしとランサーの間に割って入ってくる。そのままわたしを庇うように腕を伸ばした。
「それ以上は我が主に近づかないで頂きたい」
「え……」
「おまえな、朝飯の材料持ってきてやっただろ」
「それとこれとは別です。協定を結んだとはいえ、貴方は我が主に牙を向く可能性が高い。そんな輩の傍に楪を置いておくことなど出来ない」
「…………」
沈黙。ディルムッドは殺気を隠そうともしていない。彼の背後から顔を出すと、ランサーが「おまえこれどうにかしろ」みたいな表情でこちらを見ていた。はぁ…。
「えーと…ディルムッド。ランサーは敵じゃないから大丈夫だよ?」
「なりません!彼は貴女に刃向かうことが予め決められたサーヴァント。いつ何処で襲われるかわかったものではない!」
「それはそうだけど……悪いのはランサーのマスターであって、ランサーではないから。それに、ランサーだっていきなりわたしを殺したりはしないよ」
「し、しかし…」
「ランサーは見ての通り、清廉潔白だから。殺すときはちゃんと殺すって言ってくれるから。そうなったらディルムッドが守ってくれるし、大丈夫だよ。ね?」
「楪……」
わたしの言葉に一瞬逡巡した後に、ディルムッドはようやく殺気を解いた。
「…了解した。我が主がそう言うのならば…」
ほう、と胸を撫で下ろす。ディルムッドが目の前から退いた。ランサーは嘆息しながら頭を掻いていた。
「おまえって真面目なのな、ディルムッド」
「俺はただ、我が主の身を案じただけのこと」
「だから、そういうとこが真面目なんだよ」
微妙に噛みあわない二人。ランサーの意見には激しく同意しておこう。
「…で、わざわざ実体化してきたってことは何か用事があったの?ランサー」
段ボールの中から林檎を取り出して弄んでいる青い英霊に問いかける。彼は思い出したように声を上げた。
「ああ、そういやそうだった。言峰がおまえのこと呼んで来いって」
「うわー行きたくねー」
「俺だって行きたくねえよ」
お互い渋い顔をする。こんな穏やかな昼下がりに言峰に逢うとか平和への冒涜でしかない。
「けど、ちゃんと説明しといた方が良いんじゃねえのか?このまま放置すると後々面倒になるぞ」
「…そうだね。考えてみれば、荷物もあっちに置きっぱなしだし」
何も言わずに教会を出てきてしまったけれど、まあ…ちょっとくらいはお世話になったしね。おかゆとかね。
「わかった。行くよ」
「そうしてくれると助かる」
「ついでにこの大量の林檎とか持っていこう」
「あいつ果物食うのかよ」
「さあ……」
近くにあった紙袋に適当に果物を詰める。一応お礼ということで。
「楪、何処かへ行くのか?」
「うん。ちょっと教会に」
「ならば俺もついて行こう」
「…いや、ディルは此処に居て」
「なっ……!」
護衛を断ったら、ディルムッドが慌てたように近寄ってきた。顔が近い。イケメンオーラが眩しい。
「何故!俺の使命は貴女を御守りすること!」
「わかってるけど…言峰に貴方を逢わせたくないんだよ」
「その案には俺も賛成だ。いまおまえの存在をうちのマスターに知られたら、なにされるかわかったもんじゃねえ。それこそおまえのマスターに危険が及ぶぜ」
「…ッ、しかし…!」
「ごめんね、ディルムッド。でもわたし、もう貴方を失いたくないんだ。だから、お願い」
彼の逞しい肩を掴んで、真剣な顔で告げる。 それは紛れもなく本心だった。一度なくしたものを、またなくすなんて。 もう、耐えられない。
「……了解した、我が主よ」
「…ありがとう。辛いことをさせてごめんね」
ディルムッドの頭を撫でて苦笑する。彼は俯いたまま頷いた。
「話もまとまったみてぇだし、早いとこ行っちまおうぜ。先延ばしにすればするほど面倒臭くなりそうだ」
「うん」
「…楪、もし貴女の身に危険が迫ったときは───令呪を使ってでもこのディルムッドをお呼びください」
「わかったよ。すぐに戻るから、待っててね」
捨てられた仔犬みたいな目をする自分のサーヴァントに見送られながら家を出る。空は快晴。昼寝をしたくなるような気候だ。
「ったく…あいつは忠節の限度ってモンを知らねえな」
「真面目だからね」
昔から、と付け加えるとランサーは納得したように笑った。
「成る程な。それで楪は扱いに慣れてるわけだ」
「慣れてるっていうか、まあ…いつの間にか身についてたんだよ」
「いい飼い主じゃねえか。ウチとは大違いだ」
「言峰は別格でしょ。ていうか、あいつなんでランサーを召喚したんだろう。ギルが居るじゃんね」
「あ?俺はあいつに召喚されたわけじゃないぜ?」
「……はい?」
いま、ランサーは何て言った? 言峰が召喚をしていない?
「…えっ、どういうこと?」
「俺を召喚した奴は別に居たってことだ」
「……それってマスターじゃないの?」
「そうなんだが…今となっては元マスターだな」
「………つまり」
「言峰は俺の本来のマスターから令呪を奪ったんだよ。だからいまはあいつがマスターなだけだ」
「………………」
予想外の言葉に目を瞠る。 な、なんだそれ。じゃああの神父は、あろうことか他人のサーヴァントを奪い取ったというのか。 流石外道。やることが酷過ぎる。
「…令呪って、奪えるの?」
「ああ。俺の元マスターは左腕を斬り落とされた」
「───ッ!」
ぞくり。背中に悪寒が走った。 (腕を…斬りおとした…) 令呪の刻まれた場所を奪い、サーヴァントも奪った。 そんなことを平気でやってのけるのか、あのクソ神父は。 …吐き気がした。
「…変なこと訊いてごめん」
「別に謝る程のことでもねえよ」
「さっきディルムッドを置いていくことに賛成してくれたのも、それがあったから?」
「まあな。俺は守れなかったが、おまえにはまだチャンスがある。なんでもかんでもあのクソ神父の思い通りになってたまるかってんだ」
悪戯っぽく笑って、ランサーはわたしの頭をくしゃりと撫でた。
「よし、じゃあいっちょ行くか」
「うぉ!」
人気のない道の真中でランサーはわたしを軽々と担ぎあげた。
「教会まで走るぜ。振り落とされんなよ?」
「え、う、」
頷く間もなく青い槍兵は物凄い速さで住宅街の上空を疾走しはじめた。
「…ほう。それで?おまえはこれから、自宅で過ごすと?」
「だから、さっきからそう言ってるじゃん。いつまでも此処に居るわけにはいかないし」
「ふむ。確かにおまえのようなごく潰しが居ては食費の無駄だ。その提案には賛成しよう」
「自分で閉じ込めておいてなんだその言い草は」
教会、言峰の自室にて。 向かい合った巨漢とわたし。そしてランサー。 青い英霊に連れられてやってきた此処で、わたしは自宅に戻る旨を伝えた。 昼間だと云うのに薄暗い部屋の中でそれを聞いた神父は厭な笑みを浮かべる。
「…して、小娘。何故いきなり自宅へ戻ることを決意したのだ?連れ去られて此処へ来た時は、一言も自宅に戻りたいなどと言わなかっただろう」
「あの時とは状況が違う。士郎が聖杯戦争に参加するなら、こんなとこには居られない」
「衛宮士郎を守るか、女神よ。しかしあの小僧はマスターで在ることを選んだ。それを否定する気か」
「否定はしないし肯定もしない。ただ、士郎が死ぬのだけは赦せない。だから守る。それだけだよ」
「……やはりおまえはいけ好かんな。善にも悪にも染まりきらないその信念は目障りだ」
「貴方に気に入られたくて生きてるわけじゃないからね。わたしは、わたしの目的の為に動くだけ」
「…………」
暫く言峰と睨みあう。いつまでも好きなようにされているわたしではない。抵抗くらいする。 忌々しそうに目を細めたあと、神父は溜息を吐いた。
「…良かろう。だがランサーの監視は続けさせる。おまえが本格的に邪魔となった瞬間に消させて貰う」
「ご自由に。そんな簡単に死んでやらないけどね」
「そうか。私はおまえの苦悶の表情を見るのが今から楽しみだ」
「悪趣味め」
「それはギルガメッシュに向けて言うべき言葉だな」
いつものように微笑みを貼りつけながら言峰はわたしに背を向ける。いけ好かないとかいっていますぐ殺さないのがまた悪趣味なところだ。こいつは即死よりじわじわ追い詰めて殺す方が好きなのだろう。
「…言峰」
「なんだ。まだ何かあるのか」
「こないだのおかゆのお礼」
振り向いたカソックに紙袋を差し出す。彼は怪訝そうに中身を見遣ったあとにそれを受け取った。
「ランサーがくすねていった食材の代わりとしては少々見劣りはするが、まあ良いだろう」
「それはなんというか、どうもすいませんでした」
「果物はあまり食べないが、与えられるものは素直に貰っておくとしよう」
「うわ、なんか裏がありそうでこわい」
「安心しろ。わたしは嘘を吐かない」
「肝心なことを言わないのは嘘を吐くよりもっと性質が悪いんだよ」
「知っている」
そう言って、神父は愉しそうにわたしの前から去って行った。 …対峙していたのは数分なのに、なんだかすごく疲れた。
「ハァ…てっきり今すぐ殺せって言われんのかと思ってたぜ」
「わたしも。言峰が悪趣味で助かったよ」
ふたりぶんの溜息が部屋に満ちる。とりあえず、なんとか危機は切り抜けたってことで。
「…ギルは、まだ居ないかな」
こんな昼間にあの英雄王が教会でぐだぐだしてる訳がない。王様への説明はまた今度ってことで。
「帰ろう、ランサー。たぶんそろそろディルムッドが発狂する」
「そうだな。俺も被害こうむりそうだ」
誰も居ない礼拝堂を通って、教会を出る。抜けるような青空は未だ下界を見下ろしている。天気いいなあ。買い物にでも行きたくなる。…ん?買い物…?
「…あ、そうだ」
「ん?」
「ランサー、明日暇?」
「…まあ、言峰からの命令がなけりゃな。どうしたんだよ」
「うん。あのね、明日新都に買い物に行こうと思うんだけど…ランサーもついてきてくれないかな」
「はぁ?なんで」
「ディルの普段着買いたいんだよ。でもわたし、男の人の服ってよくわかんないから…」
「…いいけどよ。それは俺も実体化して行くんだよな?」
「勿論。あ、もしかしてランサーも普段着持ってない?」
「…まあ、何枚かはある」
「あるんだ!」
すこし照れくさそうに頬をかくランサー。実はお洒落さんなのかもしれない。普段着というか私服を持ってるサーヴァントなんて、いままでセイバーか征服王かあの王様しか見たことがなかったけど…そっか、ランサーも着るんだねそういうの。
「仕方ねえな。付き合ってやるよ」
「ありがとう。助かります」
「感謝はカタチにして欲しいね」
「えー…じゃあ明日なんか奢る」
「鐘馗のモダン焼きな」
「ちゃっかり新都の店チェックしてんじゃん…」
いや、いいけどさ…なんか思った以上にランサーさんが現代に順応してるみたいでちょっと驚きですよ…。
「新都行くときの服とか、ディルに貸してあげられる?」
「ああ。サイズは…まあたぶん大丈夫だろ」
「うん。そんな変わらないとおもう」
ランサーもディルムッドもガタイ良いからなー。明日は服を探すのにちょっと苦労しそうだ。
「よし、帰ろう」
「おう」
再びランサーに抱えられつつ、今日の空を見上げる。 明日もこのくらい晴れたらいいなあ、なんてぼんやりと思った。
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