何が起こったのか、本当にわからない。
それが正直な感想だった。
「楪、」
わたしの名を呼ぶのは、間違いなく。 あの時失ったひとの声。
「…ディルムッド……?」
信じられなくて、声が震える。 目の前に佇む彼は、いつものように穏やかに微笑んだ。
「やっと、逢えた」
伸ばされた手にあるのは、いつか渡した髪留め。 きらきらと輝くそれは、なによりも尊い思い出を彩る。
「ぁ、───」
なにかを言おうとして、でも、言葉が見つからなくて。 弱い呼吸を繰り返す頼りない身体を、温かな腕が抱きしめる。
「ずっと、ずっと聞こえていた。貴女が俺を呼ぶ声が」
「…ディル、」
「一歩たがえば怨霊と化していた俺を、英霊の座に繋ぎとめていたのは、貴女の呼び声だった」
あいたかった。 耳元で囁かれた言葉は、血液と溶け合って体内を巡りまわる。 そこで理解した。 これは、夢じゃない。 いま此処に居るのは、嘘なんかじゃない。 本当の彼なのだと。
「ぅ、う、ぁ…っ……」
もし、再び会えることがあったなら、その時は。 そんなことを考えては、益体がないと忘れようとしてきた。 積もり積もった理想は、願いは、望みは。 どうしようもなくわたしを、無様にする。
「ディルムッド…ディルムッド…!」
ぼろぼろと涙をこぼし、嗚咽を上げながら、わたしはプライドもなにもなくディルムッドに抱きついた。 背中にまわした手から伝う温度は紛れもなく本物で、それが更に涙腺を刺激する。
「ぅ、あ…ぁ…わ、わたしも……あ、あいたかっ、た…!」
大声で泣き叫ぶわたしの背中を優しく撫でる掌。 頬に当たる癖っ毛はやわらかい。 かみさま、あなたはどこですか? わたしは初めて、この世界を愛しました。
「暫く見ない間に、随分と大人っぽくなった」
「…っ、そりゃ…あれから10年も経ってれば…当たり前だよ…」
すん、と鼻を鳴らしながら向かい合うと、ディルムッドは目を見開く。
「10年…そうか、あれからそんなに経ったのだな」
「英霊に時間は関係ないんだっけ」
「ああ。しかし、こうして見ると…本当に時の流れを感じる」
いとおしむようにわたしの頬を撫でて、美貌の槍兵は微笑んだ。
「…あのー、盛り上がってるとこ悪ぃんだけどよ。ちょいと俺にもわかるように説明してくれねぇか?」
と、そこに割って入って来たのは青のサーヴァント、ランサー。 抱擁をかわすわたし達を呆れたように見遣りながら武器片手に挙手をしている。
「…あ、わすれてた」
「おい!おまえな、仮にも魔力供給してるサーヴァントのこと忘れるたぁどういうこった!」
「ごめんごめん。てへぺろ」
「かわいくねぇ!」
ランサーが全力で突っ込んできた。いまのは自分でもないとおもった。うん、てへぺろはないよな流石に。
「…貴様、我が主に対して狼藉を働くか」
「え、」
敵意を露わにしたのはディルムッドの方だった。彼はわたしを抱きしめたまま、ランサーを睨みつける。
「楪に仇為すモノは俺の敵。いますぐその首級を刈り取って見せよう」
「おーおー、血気盛んな奴だなぁ。いきなり出てきてそりゃねえだろ、兄ちゃん」
飄々と受け流しながらも武器を構えるランサー。…まずい、なんかややこしいことになりそうだぞこれ。
「良いぜ、かかってきな。てめえが何者かは知らねえが、退屈はしなくて済みそうだ───!」
再び殺気に包まれる闇。ランサーは赤い槍を構えてディルムッドを見遣る。
「…槍使いか。まさか、同じ得物を持つ者と手合わせすることになろうとは」
すこしだけ笑って、ディルムッドは立ち上がった。その手には赤い長槍が在る。
「…ほう、てめえもランサーか?」
「然り。見たところ、そちらもランサーとお見受けしたが」
「いちいち解りきったこと訊くんじゃねえよ。時間が勿体ないぜ」
「…違いない」
対峙する二人のランサー。張り詰める空気。 いまこそ爆ぜようとしたそれを───、
「ちょっと待ったーっ!!」
わたしは渾身の叫びで中断させた。
「なに…?」
「…楪?」
驚いたようにこちらを見遣るふたりを睨み、わたしは肩で息をする。
「なんでいきなり闘おうとしてるの!普通は自己紹介からでしょうが!」
「いや、だって…こいつがやる気満々だったから」
「そこのサーヴァントが貴女を愚弄したから…」
「言い訳しない!とにかく、闘うのは禁止!そんなことしたら魔力供給のパス切るよ!」
自分でもなにを言ってるかわからなかったが、とにかく叫ぶ。 そんなわたしの迫力に気押されたのか、ふたりは渋々武器を仕舞ってくれた。うむ、それで良い。 (…あ、ちょっと限界かも) ぐらり、安心したと同時に傾ぐ視界。
「楪!大丈夫か!」
駆け寄って来る槍兵が2名。そのどちらかがわたしの名を叫ぶ。 (ああ、なんかもう) すっごく疲れた。 ちょっと眠ろう。 抱きとめられる感覚に目を閉じる。
願わくば、目を覚ましたとき───いま起こったことがすべて夢でしたと言われませんように。
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