地鳴りが聞こえる。
酷く甲高い悲鳴のような。
黒き影はゆらり揺らめきながら、わたしの隣に立った。


「───な、」


なに。
そう呟くつもりだった。
けれどそれは、突然頭に響き渡った叫び声にかき消された。



「殺すんだ、バーサーカー!あのアーチャーを、殺し潰せ!!」
「殺すんだ、バーサーカー!あのアーチャーを、殺し潰せ!!」



(───っ、!!)
渾身の殺意。叫び声同様、隣の影からも放たれる気配。それに包まれた、鎧の姿。
(逃げなくちゃ)
動けない。
(此処は、だめだ)
こわくて、動けない。
(殺される)
あの金色の英霊と、隣に立つ黒い鎧。
ふたつの殺気がわたしの脚を凍らせる。
(はやく、逃げなくちゃ)
地鳴り。振動。恐怖。


「───誰の赦しを得て我を見ておる、狂犬めが」


影と、金色の、目が合った。


「せめて散り様で我を興じさせよ、雑種」


その金色は、まるで虫でも殺すかのような仕草で己の背後に構えた剣を影に向かって放った。
思わず目を瞑る。聞こえて来たのは髪を揺らす金属音。
再び世界を見る。煙が立ち上る倉庫街。
(なにが)
一体なにが起こったのか。
そろりと横を見遣れば、そこには1本の剣を持った黒い鎧が。


「…その汚らわしい手で、我が宝物に触れるとは……そこまで死に急ぐか、犬ッ!!」


怒り心頭。なにが起こったかわかる前に、金色がキレた。背後に浮かび上がる16本の武器。それがこちらへ向けられる。
(あ、)
死ぬ。直感で理解した。あれはきっと、防げない。


「その小癪な手癖の悪さで以て、何処まで防ぎきれるか…さあ、見せてみよ!」


黄金に輝く武器の雨。目を閉じる暇すらない、息を吸うことも忘れそうな剣舞。影は、目にも止まらぬ速さで降り注ぐ武器を薙ぎ払っていく。衝撃、爆発、舞う砂塵。切っ先がわたしを貫くより先に、影の舞がそれを討ち払う。
(…すごい、)
死を覚悟したのに。それを覆す戦闘能力が窮地を救っている。信じられない。煙に包まれた世界で、たったひとつ見える影を見つめる。


「っ、危ない!!」


その時、誰かの声が聞こえた。あぶない。それは、影に対しての言葉ではないだろう。この場に居て危ないのは、確実にわたし。
風を斬る音がする。上空に目を遣ると、こちらに向かって2本の剣が飛んできていた。
(あ、)
近くで金属音がする。影が武器を払ったのだろう。ならばあの剣を防ぐには間に合わない。
(今度こそ、死ぬ)
短い人生だった。目を閉じる。走馬灯がみえる。おばあちゃん、いま会いに行きます。


「───絶対神盾(アイギス)」


現世に別れの言葉を切り出したつもりが、またもや知らぬ単語を呟いていた。
ついにわたしもヤキが回ったか。そう思えるのなら、まだ、生きている。


「…あ、れ……」


走馬灯から目覚めると、武器がわたしの目の前で停止していた。な、なにこれ。一時停止機能付き?
訳も分からず武器に手を翳す。するとどうだろう、停止していたそれらは一瞬にして砕け散ったのだ。


「────?!」


戦場から音が消える。幾つもの視線がわたしに疑問を投げかける。
(これは、まさか)
再び金属音。恐る恐る顔を横に向けると、そこには何時の間にか地上に降りた金色が、わたしと影を睨みつけて佇んでいた。


「…痴れ者が……。天に仰ぎ見るべきこの我を、同じ大地に立たせるか!!その不敬は万死に値する!!」


う、うわあああああめっちゃ怒ってるうううううう!!なんか背後の武器増えてるし!!なんなの、武器無限なの!!さっきは防げたけど、何百回もあんなの飛んできたら死ぬ、死ぬって!!


「そこな雑種共よ…最早肉片一つも残さぬぞ!!」


今度こそ走馬灯タイムだ。ああ、何と云うか…ある意味貴重な死に方かもなあ…だって剣に貫かれて死ぬとか現代日本じゃ有り得ないよ…ハハ…。


「…貴様如きの諫言で、王たる我の怒りを鎮めろと…?大きく出たな、時臣」


しかし、金色はなにかを忌々しげに呟いたかとおもえばくるりと踵を返した。


「命拾いしたな、犬。雑種ども、次までに有象無象を間引いておけ。我と見えるのは、真の英雄のみで良い」

「………」

「それと…そこな女。貴様、『勝利の女神』だな?」

「へ…?あ…はい」

「神如きが我に逆らうな。次はないぞ」

「え───」


意味がわからずに問い返そうとおもったのだが、金色は一瞬で消えてしまった。なんだったんだ、あれ。


「楪!」


ぽかんとしているわたしの名前を呼ぶ声。振り向けばランサーが焦ったようにこちらを見ている。手を振ろうとしたわたしの隣を疾風の如く駆け抜ける黒い影。
(え、)
驚くより先に地鳴りがした。そう、あの悲鳴に似た怖ろしい音。


「やめるんだ、バーサーカー!!」
「やめるんだ、バーサーカー!!」


辛そうな叫び声。誰にも聞こえない筈の嘆き。影は真っ直ぐセイバーに襲いかかった。物凄い速さで彼女を圧倒している。
(叫んでいる。泣いている。後悔を、懺悔を、遺恨を)
セイバーが推されてゆく。途切れぬ金属音。黒い影の背中から感じ取れるのは、何故か───悲しみ、だった。


「悪ふざけはその程度にしておいて貰おうか、バーサーカー。そこのセイバーには俺と先約があってな。…これ以上詰まらん茶々を入れるつもりなら、俺とて黙ってはおらぬぞ」


見かねたランサーがセイバーを庇う。彼女は自分の獲物だと訴える彼に対し、その主は冷徹に告げる。


≪なにをしているランサー!セイバーを倒すのはいまこそが好機であろう!≫

「っ、セイバーは!必ずや私の誇りにかけて討ち果たします!何となれば、そこな狂犬めも先に仕留めて御覧に入れましょう!故にどうか、我が主よ!この私とセイバーの勝負だけは、どうか尋常に!」


ランサーはケイネスさんの声にそう返す。必死の形相だ。騎士道というやつなのだろうか。しかし、それはケイネスさんには通じない。


≪ならん。ランサー、バーサーカーを援護してセイバーを殺せ。令呪を以て命ずる≫

「───ッ!!」


ランサーの目が見開かれる。令呪とは確かマスターがサーヴァントに対して持つ絶対命令権。それに逆らうことなど、出来ない。


「…セイバー……すまん…!」


弾かれたようにランサーが槍をセイバーに向けて突き出す。辛そうな声音。戦略と誇り。相容れないもの。
(ああ、これが)
欲望と願い。争いが争いを生む。
(聖杯戦争なのか)
ランサーと影がセイバーを襲う。あれでは数分もしないうちに決着がつくだろう。
(なんて、)
なんて愚かな闘い。


その時、戦場に雷鳴と怒号が鳴り響いた。


頭を思い切り叩かれたような衝撃。見れば、征服王が戦車でセイバー達のところに乱入していた。
(ちょっ…)
な、なにしてるのあの王さまは。轢かれたのであろう、車輪の傍でよろめく影。ダイナミック交通事故。怖ろしい。消える黒。


「と、まあこんな具合に黒い奴には御退場を願った訳だが…ランサーのマスターよ、何処から覗き見しているかは知らんが、下衆な手口で騎士の戦いを汚すでない!…等と説教呉れても通じぬか。魔術師なんぞが相手では」


征服王は大声でケイネスさんに向けて言葉を放つ。


「ランサーを引かせよ。…尚、これ以上そいつに恥をかかすというのなら、余はセイバーに加勢する。二人がかりで貴様のサーヴァントを潰しにかがるが……どうするね?」


それは選択肢のない問いかけ。征服王はランサーの誇りを守った。


≪…ッ、撤退しろランサー。今夜はここまでだ≫


悔しそうな声。ランサーは槍を降ろす。征服王に礼を告げ、セイバーに別れを告げてからわたしの元へやってくる。


「…ランサー」

「我が主の元へ戻りましょう、女神よ」


酷く辛気臭い顔をしてランサーがわたしを抱きあげる。頷く間もなく景色は残像へと変わる。
こうして、まるで粘液のような闇を纏い、わたしの聖杯戦争は幕を開けた。

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