「双方、武器を収めよ!王の御前である!」
あわてん坊のサンタクロースにしては些か迫力がありすぎる見慣れぬ大男。目の前に停まった巨大な戦車。それを操る彼の名は、征服王イスカンダル。世界史に載っている有名人だ。
「…な、なに…」
つい先ほど、セイバーの正体がアーサー王だということを知ったばかりだというのに。今度は征服王ときた。全く、英霊というやつは色んな意味で容赦がないらしい。征服王はライダーのクラスだという。彼はあろうことか、ランサーとセイバーに臣下に下れと誘いをかけていた。敵同士、じゃないのか…? 瞬きを繰り返す。大男の傍らで慌てる人影が見えた。あれは…ライダーのマスター?
「あ…、」
不意に目が合う。小柄な少年。わたしと歳は変わらないようだ。彼も魔術師なのだろうか。初めて会った魔術師がケイネスさんだからなのか、こんな若い魔術師もいるんだなと妙に感心してしまった。今にも泣きだしそうな顔でこちらを見つめる彼と、正に豪放磊落を絵に描いたようなサーヴァント。違い過ぎる彼らなのに、何故か違和感はなかった。
「その提案は承諾しかねる。俺が聖杯を捧げるのは、今生にて誓いを交わした新たなる君主ただひとりだけ。断じて貴様ではないぞ、ライダー」
「そもそも、そんな戯言を述べ立てる為に、貴様は私とランサーの勝負を邪魔立てしたというのか。戯言が過ぎたな、征服王。騎士として赦しがたい侮辱だ」
「…待遇は応相談だが?」
「くどい!」
尚も食い下がる征服王の言葉をセイバーとランサーが一蹴する。この二人は騎士という共通点があるから、気が合うのかもしれない。きっとセイバーも気負いやすい面倒な性格なのだろうな…なんて失礼なことを考えたのは秘密だ。
「重ねて言うなら、わたしもひとりの王としてブリテン国をあずかる身だ。如何な大王と雖も、臣下に下る訳にはいかぬ!」
「おお!ブリテンの王とな!これは驚いた。何しろ、騎士王アーサーがこんな小娘だったとは!」
「その小娘の一太刀を浴びてみるか、征服王!」
「わはは、これは交渉決裂か。ところで、其処に居る小娘は何物だ?見たところ、サーヴァントではないようだが…妙な魔力を感じる」
「えっ!」
「小娘。貴様は人間か?」
まさか征服王に話しかけられるとは思ってなかったので吃驚した。まさに大迫力。何処に目線を遣れば良いかもわからずにこたえる。
「い、一応人間です」
「ほう。ならば貴様がランサーのマスターか?」
「ちっ、ちがいます!」
「ならば何故此処に居る。無関係の人間にこの闘いは過ぎた余興。王でなき民が見て良いものではないぞ」
ぞくり。殺気をかんじる。 (あ───) 殺される。直感で理解した。
「待て、征服王。彼女は拠度の聖杯戦争に於ける『勝利の女神』だ。無関係な民等ではない」
「『勝利の女神』?この小娘がか?」
「左様。現に俺はいま彼女の加護を受けているが故、サーヴァントとしてのランクが一つ上昇している」
「…坊主、ランサーの言っていることは本当か」
「……っ、ああ…ランサーのランクが本当に上がってる…」
「ほう。小娘、名は何と云う」
「あ…っ……弦切楪…です」
「ふむ、楪か。女神の名としてはちと地味だが、まあ良い。貴様も我が臣下に加わり、この征服王に加護を授けぬか?待遇は良いぞ」
にっこりと笑って征服王が告げる。正直こわくて何も言えない。断ったら殺されるんじゃなかろうか。
「それは出来ぬ相談だ、征服王。彼女は我が女神。貴様にくれてはやらん」
「ふん、そうか。勿体ないなあ、残念だなあ!」
言葉が出ないわたしをかばってくれたのはランサーだった。彼を見遣ると、優しい笑顔を向けられた。 (た、たすかった…) すこし安心して泣きそうになる。ランサーには感謝しなければ。
≪…そうか…よりにもよって貴様か≫
再び倉庫街にケイネスさんの声が反響する。
≪一体、なにを血迷って私の聖遺物を盗み出したのかと思ってみれば…よりにもよって、きみ自ら聖杯戦争に参加する胎だったとはね…ウェイバーくん≫
「…っ!」
ケイネスさんの言葉に、ライダーのマスターが反応した。怯えたような表情で辺りを見回している。
「ケイネス先生…!」
≪残念だ。実に残念だ。可愛い教え子には幸せになって欲しかったのだがね…。ウェイバーくん、きみのような凡才は、凡庸で平穏な人生を手に入れられた筈だったのに…致し方ない≫
「ひ、っ……」
≪ウェイバーくん、きみには私が特別に課外授業を受け持ってあげようではないか。魔術師同士が殺し合うという本当の意味を…その恐怖と苦痛を、余すところなく教えてあげよう≫
光栄に思いたまえ、と嗤う声。ウェイバーと呼ばれた少年は半泣きで蹲っていた。いまの言葉からするに、彼はケイネスさんの教え子。しかしあまり仲は良くなさそうだ。なんだか少年の方が可哀相になってきた。
「魔術師よ!察するに、貴様はこの坊主と成り代わって余のマスターとなる胎だったらしいな。だとしたら片腹痛いのう!」
≪…なに…?≫
「余のマスターたる者は余と共に戦場を駆ける猛者でなくてはならない。姿をさらす勇気もない臆病者など、役者不足も甚だしいぞ!」
≪…っ……≫
征服王の言葉にケイネスさんが怯む。もしこのサーヴァントがケイネスさんと契約していたら、果たして気が合ったのだろうか。この感じではうまくいかない気がする。
「おいこら!他にも居るだろうが!闇にまぎれて覗き見しておる奴が!」
征服王は大声で叫んだ。夜闇が震える。
「情けない、情けないのう!冬木に集った英雄豪傑共よ!このセイバーとランサーが見せつけた気概に何も感じるところがないと抜かすか!誇るべき真名を持ち合わせていながら、こそこそと覗き見に徹するというのなら…まあ、腰ぬけだわな。英霊が聞いて呆れるわな!」
挑発するような物言い。まさか、この場にまだ英霊が居るというのか。これ以上こんなとんでもないのが現れたらわたしの処理能力が追いつかない。あまりにも現実感がなさすぎる。
「聖杯に招かれし英霊は、いま此処に集うがいい!尚も顔見せを怖じるような臆病者は、征服王イスカンダルの侮蔑を免れぬものと知れ!」
その言葉が終るや否や、頭上が急に輝きだす。眩い光と共に現れたのは、黄金の影。
「…俺を差し置いて、王を称する不埒者が、一夜のうちに二匹も湧くとはな」
黄金の鎧に黄金の髪。紅い瞳は鋭く地上を突き刺す。 (こいつも、サーヴァントなの?) 警告音が身体の中で鳴り響く。こいつは───危険だ。
「難癖つけられてもなあ、イスカンダルたる余は、世に知れ渡る征服王に他ならぬのだから」
「戯け。真の王たる英雄は、天上天下に我唯一人。後は有象無象の雑種に過ぎん」
「ほう?そこまで云うのなら、まず名乗り上げたらどうだ?貴様も王たる者ならば、まさか己の異名を憚りはすまい」
「問いを投げるか。雑種風情が王たるこの俺に向けて」
黄金の英霊は征服王を睨む。
「我が拝謁の栄に浴して尚、この面貌を見知らぬと申すならば、そんな蒙昧は生かしておく価値すらない」
そう紡いだと同時に、彼の背後に空間の歪みが2つ出来る。そこから手向けられているのは、2本の剣。 (目が、離せない) こわい。わたしは、こいつが。 (ランサー) こわい。こわい。こわい。 (たすけて、ランサー) 声が出ない。脚が震える。危険だ。こいつはきっと、誰よりも。 (たすけて!) 心の中で叫んだ時だった。 わたしの真横に、黒い影が現れたのは。
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