睨まれている。かなり睨まれている。 ヘタに動くこともできずに息を飲む。
「…で。何なのです、この娘は」
「先日話した『勝利の女神(奇跡のアテナ)』だよ、ソラウ」
「こんな田舎くさい子供が?」
明らかに侮蔑のまなざしを向けられる。嗚呼、消えたい。 どうやらこちらを睨んでいる彼女はケ…ケイネスさん?の許嫁らしい。名前は確か…ソラウさんだったか。自己紹介するまえにこんなに悪意を向けられたのは初めてだ。なんか悪いことしたかな。わたしべつにケイネスさんに気とかないのに。
「…弦切楪です」
「名前なんてどうでもいいわ。それで、貴女はちゃんと役に立つのでしょうね?」
「え…」
「ケイネスに、そしてランサーに。必ず勝利をもたらすことが出来るのかって訊いてるの」
「それは………」
実際やってみなきゃわからない。自分が『女神』だって聞いたのはついさっきだし、本当にそんな力があるかなんてまだ信じられない。なんて言ったらきっと目線で殺される気がする。ど、どうしよう。
「ソラウ様、彼女はまだ自分の役割を知ったばかりです。あまりきつく問いただされては、出せる戦果も出せなくなってしまいます」
「そ、そんなつもりで言ったわけじゃないの。ごめんなさい、ランサー。そうよね、まだこれからよね」
「…………」
良かった、ランサーのおかげで助かった…。こっそり息を吐き出す。部屋の緊張感が少し薄れたと思ったけど、今度はケイネスさんがランサーを睨んでいた。なんなの…これ…。
「…明日は外に繰り出すぞ、ランサー」
「はっ」
「それと、きみもだ、楪」
「え、わたし?」
「当たり前だろう。きみはサーヴァントと共に居なければその力を発揮できない。ランサー、貴様は常に楪と行動を共にしろ」
「了解致しました」
「…………」
うわっ、またソラウさんに睨まれた。こわい。なんで初対面から嫌われてるんだわたし…。
「今日はもう遅い。これで解散とする。ソラウ、きみも疲れているだろう。ゆっくり休むといい」
「……ええ。そうさせてもらうわ」
ぎろり。寝室に入る前にまたひと睨み。悪意というか、殺意を感じた。
「楪、きみも休みたまえ。明日からは恐らく戦闘続きになるだろう。いざというときに役に立たなくては困るからな」
「はあ…でもわたし、着替えとかなにもないんですけど」
「最低限の荷物はきみの家から持ってきてある」
「はい?」
「ランサー、渡してやれ。私はもう寝る。くれぐれも此処から逃げ出すことのないように。まあ、きみ程度ではドアを開けることも叶わんだろうがな」
「ちょっ…」
「では、また明日」
ばたん。ケイネスさんはわたしの話を聞かぬまま寝室へ行ってしまった。取り残されたのはわたしとランサーだけ。
「楪、我々も寝室へ」
「はい……」
促されるがままに先ほどまで眠っていた部屋へ戻る。薄暗い室内に月明かりが差している。
「これが貴女の荷物だ。着替えや生活用品が入っている」
「…どうも」
手渡されたボストンバッグ。一体いつ取ってきたのだろう。謎は深まるばかりだ。開けてみれば衣服は勿論のこと、ご丁寧に下着まで綺麗に畳まれて入っていた。
「………ランサー」
「なにか」
「…これ、誰が取ってきたんですか」
「我が主の命により俺が取ってきたが」
「……………きれいに畳んでくれてありがとうございます」
「なに、礼には及ばん」
爽やかな笑顔を浮かべるランサー。やはりこのイケメン、変人である。
「…明日から本当に戦闘が始まるんですか」
「わからん。しかし、敵のサーヴァントと街で会えば恐らくは」
「わたしがついていっても、なにもできないですよ」
「大丈夫だ。もっと自分に自信を持て。貴女は間違いなく『女神』なのだから」
「…そんなの……わかんないじゃないですか。魔術なんて使えないわたしが、こんな変な刻印が浮かびあがっただけで役に立つなんて限らない」
「その聖痕は貴女の魔力を増大させる装置みたいなものだ」
「…魔術なんて使えないのに」
「それがなくとも、楪は充分に魔力を発揮できている」
「……どういうことですか」
ランサーの言いたいことがわからずに首をかしげる。彼は無言でわたしの頭部を両手で固定した。そのままランサーの顔が近づいてくる。ち、近い。
「な、なに」
「楪、俺の右目の下にある黒子が見えるか」
「…みえる、けど」
「これは『愛の黒子』と云ってな。見た女性を俺の虜にしてしまう、一種の呪いのようなものだ」
「呪い…?」
「普通、魔力を持っていない女性…もしくはある程度の対魔力を持っていない女性魔術師は必ずこの呪いにかかってしまう」
「………」
「だが、貴女はどうだ、楪。魔術を扱えない貴女が、この呪いにかかっていないのは何故だ」
「…それを打ち消す魔力が…あるから…?」
「その通り。それこそが『女神』の能力のひとつ。『絶対神盾(アイギス)』」
「アイギス…」
「あらゆる魔術攻撃と宝具攻撃を遮断できる『女神』の特性能力だ」
ああ、そうか。だからソラウさんはわたしを睨んでいたのだ。彼女はきっと、その呪いを受けている。だからランサーの傍にいるわたしが疎ましかったのだ。そしてケイネスさんはそれに気づいているから、彼をあんなまなざしで見つめていた。
「……自覚はないけど、ちょっとは信じられた、かも」
「そうか。良かった」
「…ありがとう、ランサー」
ランサーはわたしの頭から手を離して苦笑する。
「礼を言いたいのはむしろこっちの方だ」
「へ?」
「この呪いの影響を受けずに俺を見てくれる女性はごく稀だからな。こうして普通に話すことが出来て、嬉しい」
「ランサー…」
変わった英霊だけど、きっと今まで沢山苦労してきたのだろう。本当に幸せそうな顔でそんなこと言うものだから、なんだかこっちまで嬉しくなってしまう。
「……わたし、まだなにもわかってないかもしれないけど…出来るだけがんばってみるよ」
「…楪…」
「もし明日戦闘になっても、わたしがランサーの勝利を願う。だから、その…」
わたしに出来ること。いまやるべきこと。すこしだけ、信じてみたい。自分を。 想いが言葉にならなくて黙り込んだわたしの頭をやさしく撫でてランサーは頷いた。
「ああ、宜しく頼む。我が『勝利の女神』」
恐怖はある。けれど彼の笑顔を見たら、きっと大丈夫だと思えた。
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