「楪、よく聞きなさい」


おばあちゃんは厳しい表情をしていた。わたしは頷く。


「この世界は悪意で満ちている。綺麗なものは大体が紛い物だ。だから簡単に信じちゃいけない」

「わかった」

「いつかおまえを利用しようと近寄ってくる輩が居ても、安易に協力してはいけないよ」

「じゃあ、その時はどうすればいいの?」

「選ぶんだ。自分の眼で見極め、決める。誰かの言葉にほだされずに、自分自身の意志で」

「…自分の意志…」

「おまえは人形なんかじゃない、ひとりの人間なんだから」


そう言っておばあちゃんはわたしの頭を撫でた。懐かしい薫り。そっと目を閉じたら意識が溶けだしていく。
(自分の意志で、決める)
そう、わたしは生きているのだから。


















「……ん…」


重い瞼を開ける。ぼんやりと光が見えた。何度か瞬きをして息を吸い込んだら、明瞭になってきた視界に突然影が差した。


「起きたか、『女神』!」

「…っ…!」

「まだ顔色が優れないようだ。待っていろ、いま水を持ってくる」


さっと影が消えた。跳ね上がる心臓を押さえつけながらゆっくりと起き上がる。ああ、節々が痛い。此処は何処だろう。


「『女神』、水だ」

「……どうも」


差し出されたグラスを受け取って会釈する。目の前に居る人物は爽やかに微笑んだ。冷たい水を喉に流し込んで呼吸を整える。どうにか落ち着いてきた。


「…あの。此処は」

「我が主のアジトにある一室だ」

「我が主って」

「ケイネス殿のことだが」

「………」


それって多分あの金髪の男のことだよね。この人はどうして主なんて呼んでいるのだろう。お手伝いさんなのかな。


「…わたし、倒れたんですか」

「ああ。主が部屋から出て行った直後にな。あの儀式で随分と体力を奪われていたようだ」

「…そう、ですか」


グラスをベッドサイドに置いて、上着を引っ張る。矢張り左肩から胸にかけて赤い刻印が存在していた。
(夢じゃなかったんだ)
てっきり全部夢かと思ってた。この刻印はもう消えないのだろうか。
(…不味いな)
わけもわからぬまま巻き込まれている。これじゃ選択の余地もない。


「…貴方の主は、いま何処に」

「許嫁のソラウ様と階下で食事中だ」

「………」

「『女神』?」


食事から戻って来たあの男を問い詰めても、明確な答えが得られるとは思えない。…ならば此処はひとつ、この男に訊いてみるのも手か。


「……質問があるのですが」

「俺に答えられることなら答えよう」

「…聖杯戦争って、一体何なんですか」


わたしの質問に彼は苦笑する。


「『女神』は本当に何も知らないのだな」

「…あの、その呼び方やめませんか」

「え?」

「その『女神』ってやつ。なんか…違和感あるし」

「しかし、」

「わたしには、弦切楪って立派な名前がちゃんとあります」

「………」


彼は逡巡したのちに頷いた。


「了解した。では、楪様とお呼びしてもよろしいか」

「…様もいらないです」

「だが」

「呼び捨てでお願いします。様とかつけられるとなんか恥ずかしいので」

「…わかった。楪」

「ありがとうございます。あと、貴方の名前も教えてください。名前ないと呼びにくいので」

「俺のことはランサーで良い」

「ランサー?」

「槍の英霊としての通り名だ」

「英霊…」

「…そうか、聖杯戦争について問われていたのだったな」


一瞬の間。ランサーは話しだす。


「聖杯戦争とは、7人のマスターとサーヴァントが1つの聖杯を求めて戦う魔術戦争だというのは、我が主から聞いているな」

「はい」

「マスターは全員が魔術師であり、聖杯にかける願いを持っている。それを叶えるために呼び出されるのが、我々サーヴァントだ」

「サーヴァントって…」

「サーヴァントはセイバー、アーチャー、ランサーの三大騎士クラスにあわせ、バーサーカー、アサシン、キャスター、ライダーの合計7名。それぞれが聖遺物によって呼び出された英霊だ」

「…それって、つまり」

「ああ。俺はこの時代の人間ではなく、ケイネス殿に呼び出された英霊。使い魔のようなものだ」

「………」

「勿論、サーヴァントにも意志がある。聖杯にかける願いを持っている者がほとんどだろう。尤も、英霊となるにはそれだけ強い願いを持っていなければならないので、それは当たり前なのかもしれん」

「……じゃあ、聖杯戦争に勝つには、自分たち以外の6人を倒さなきゃいけないんですか」

「ああ。しかし、それは容易なことではない。戦争に参加する魔術師は皆一流だ。一筋縄ではいかん」

「勝敗はどう決まるんですか」

「サーヴァント同士の対決において英霊が負ければ敗退となる。英霊が生き残っても、マスターが死ねば同じことだ」


思っていた以上に、聖杯戦争というものは過酷なものらしい。そんなものに何故わたしが巻き込まれたのだろう。


「そんな物騒なものに、魔術師でもないわたしが巻き込まれる意味がわかりません」

「貴女は『勝利の女神(奇跡のアテナ)』と呼ばれる存在。サーヴァントにはそれぞれランク付けがあるが、貴女の加護を頂けばそのランクが1つ上昇する。つまり、勝利する確立が上がる」

「あくまで確率の問題で、必ず勝利に至るという訳ではないんですね?」

「…それは実践してみなければわからない」

「実践って…戦いで?」

「そうだ。もう聖杯戦争は始まっている。この冬木市は戦場だ。いつどこで敵のサーヴァントと戦うことになるかわからん」

「そんな……」


納得できない。そんな夢物語みたいな力がわたしにあるって?とんだでたらめだ。わたしはこの十数年間、至って普通の人間として生きてきたのだ。いきなりそんなものが宿るはずがない。


「安心しろ」

「…え」

「騎士の誇りにかけて、俺は『女神』と主をお守りし、必ずや聖杯を捧げてみせる」

「な、なに言って」

「だから、そんな不安気な顔をするな」

「……!」


不安が表情に出ていたのか。おもわず顔に手をやる。ランサーは笑ってわたしの頭を撫でた。


「…きっと、わたしは…『女神』なんて、そんな大層なものじゃない」

「突然のことで信じられないのはわかる。が、貴女はもっと自分を信じてやるべきだ」

「…大体、その『女神』がもたらす効果もよくわかってないくせに、よくわたしを守るとか言えますね」

「我が主が見極めたなら間違いはない。だから大丈夫だ」

「………………」


にこにこしながら紡ぐランサー。悪意はないようだ。サーヴァントってやつはマスターに絶対服従なのだろうか。使い魔って言葉からイメージするとそんな感じだけど、一応英霊なんだよね。自分の意志よりマスター優先なのか。よくわからないシステムだな。


「…!我が主とソラウ様が戻って来たようだ。『女神』、早速ソラウ様に挨拶を」

「…じゃなくて、」

「これは失敬した。さあ、楪」


差し出された手を数秒みつめてから取ってみる。ランサーは満面の笑みを浮かべる。よくよく見たらかなりの美男子だ。でも変わったひと…というか英霊だと思った。

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