「さて、早速だがきみの力を見せて頂こうか」
連れ去られて辿りついたのは新都にある高級ホテルの最上階の一室。目の前に佇む金髪の偉そうな男と、わたしの背後を陣取る筋肉質な男。早速すぎる台詞に眩暈がした。
「あの、仰っている意味がよくわからないのですが」
「きみは今回の聖杯戦争に於ける鍵なのだよ、楪」
「聖杯…戦争…?」
「左様。7人のマスターとサーヴァントが一つの聖杯を求めて殺し合う、魔術師同士の戦いのことだ」
「殺しあうって…」
「そしてきみはその戦いの勝敗を左右する『女神』だということだ」
「…………」
戦争とか殺し合うとか物騒な言葉がぽんぽん出てくる。しかもそれにわたしが関係してるとか言われても身に覚えはないし、魔術とか信じてないし。たぶんあれだ、人違いだ。
「残念ですが、恐らく人違いです。確かにおばあちゃんは優秀な魔術師だったかもしれないけど、わたしに魔術は扱えません」
「魔術を使えようが使えまいが関係はない。重要なのはきみという存在なのだから」
「はあ?」
「きみの身体には『女神』となるべく埋め込まれた聖遺物があるのだよ」
「……なんですかそれ」
「これはきみのおばあさんから直接聞いた情報だ。間違いはない」
「おばあちゃんから…?」
世界で唯一わたしを愛してくれたひとの言葉だとしたら、心が揺れてしまう。こんなにも胡散臭いのに。
「…で、でも…やっぱり信じられません。いきなりそんなこと言われてもよくわからないし」
「そうか。ならば、今すぐわからせてやろう」
「え、」
ぐいっと腕を引っ張られて身体が傾ぐ。足がもつれないように慌てて目線を下へやると、床に描かれた不可思議な模様が目に入った。 (なに、これ) 元々床に描かれてた模様、ではなさそうだ。明らかに異質な絵。 そう、まるで。 (魔法陣、のような───)
「Expergiscimini etiam Dea victoria(目覚めよ、我らが勝利の女神)」
聞き慣れない言語が鼓膜を震わせるのと同時に床の模様が光り出す。 (な、に…) なにか口走る前に、視界が真っ白な光に埋め尽くされた。
「っ、あ────」
どくん。 身体が脈打つ。 どくん。 耳鳴りがやまない。 どくん。 心臓が痛い。 どくん。 どくん。 どくん。
どく、ん。
『選ばれし天秤の測り手』
『それがおまえの役目だ』
『いつか、おまえが背負う宿命に幸あれと願う』
頭に響く、知らない声。 反響して残響して消えてゆく。
| ───女神よ、どうか我らに勝利を。 | ───女神よ、どうか我らに勝利を。 |
伸ばされた手が、見えた。
「────っ、!」
吸いこんだ空気を思い切り吐きだしてよろめく。 身体にうまく力が入らない。
「ふん、どうやら成功したようだな」
いつの間にか光は消えていた。戻ってくる視界。金髪の男はわたしの上着をひっぱり、左肩を見つめる。ゆっくりと目を向けると、そこには今まで見たことのない赤い刻印が浮かび上がっていた。
「これ、は…」
「聖痕だ。きみが『女神』たる証拠と云える」
「…そんな…」
ぐらり、と眩暈。何故か半端ない疲労感にさいなまれている。立っていられなくて、わたしは座り込んだ。
「これで『女神』は覚醒した。あとは我々が彼女の加護を以て聖杯戦争を勝ち抜いていけば良いだけのこと」
にやり。厭な笑顔を浮かべて男は紡ぐ。頭痛が酷い。水が欲しい。
「ランサーよ。私はソラウを迎えに行く。おまえはそこでその娘を監視しておけ」
「しかし、我が主よ。彼女は女性です」
「安心しろ、『女神』にはあらゆる攻撃を遮断する能力がある。おまえのチャームは効かん」
「そういうことならば…承知した、我が主よ」
「私が呼んだらすぐに来い。いいな」
「はっ」
そう言い残して男は部屋から出ていった。それまで張り詰めていた緊張感が一気に途切れてわたしは床にひれ伏す。
「『女神』!大丈夫か!」
「う、…」
耳元で聞こえる声。わたしの名前は女神じゃないのに。そんなことを思いながら、意識を手放した。
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