空に浮かぶ黒い影は何かに乗っていた。物凄い速度でセイバーを追い立て、無数の砲弾を浴びせかける。


「なんでバーサーカーの奴が此処に…!」


水面を駆けるセイバーを見守りながらウェイバーが唸る。誰もが予想しなかった伏兵。黒い影は騎士王を刻一刻と追い詰めていく。


「バーサーカーが乗ってるあれ…もしかして戦闘機…?」


小柄なジェットと威力抜群の砲弾。たぶんあれが戦闘機というやつだ。初めて実物を見た。日本にあんなものがあったなんて。


「まずいわ……バーサーカーの能力なら、砲弾も宝具化している…。下手に受ければセイバーは…」


焦燥を浮かべるアイリスフィールさん。折角左手が自由になったセイバーが此処でやられてしまったら、我々に勝ち目はない。彼女の黄金の剣しかもう頼るものがないのだ。なのに…。


「くそっ……ライダー!」


空間を睨みウェイバーが征服王を呼ぶ。瞬時に彼の隣から見知らぬ騎士が現れた。あれは征服王が遣わした伝令だろう。


「ヘタイロイが一人、ミトリネス。王の耳に成り代わり馳せ参じてございます!」


礼儀正しく挨拶をする彼にウェイバーは指示を下す。


「これから合図を待って、指定された場所にキャスターを放り出せるように結界を解いて欲しい。…できるよな?」

「可能ですが……事は一刻を争います。既に結界内の我らが軍勢は、あの海魔めを足止めし続けることが叶いそうになく…」

「わかってる!わかってるんだよ!」


苛立った口調でウェイバーはバーサーカーに攻められるセイバーに視線をやる。なにもない空間から震動が伝わってきている。結界の限界は近い。


「ちくしょう、バーサーカーの奴…!あいつ何とかならないのか!?」

「俺が行こう」


ウェイバーの叫びにディルムッドが反応する。一瞬で姿を消したかと思えば、いつの間にかバーサーカーの操る戦闘機の翼に手をかけていた。黒い影を睨み付け、彼は赤い槍を構える。


「そこまでにして貰うぞ、狂戦士!」


そう叫んだディルムッドの槍が戦闘機を貫く。魔力を絶つ攻撃によって宝具化されていた機体が傾いだ。そのまま煙を上げて河へと墜落する機体。


「やった!」


それで終わりだ。バーサーカーもろとも機体が墜落すれば一件落着。そう思っていた。


「……!待って、まだだわ…!」


悲鳴じみた声につられて河上を見やる。そこには、墜落する機体から取り外したなにかを持って空中に躍り出た黒い影が。
(あれは──!!)
先程からセイバーに砲弾を浴びせかけていた戦闘機のユニット。バーサーカーは機体を破壊される前にそれをもぎ取り、脱出したのだ。彼の手にあるそれは未だ宝具化している。
(機体は…?!)
墜ちる鉄屑はディルムッドと共に未遠川へと飛び込んだ。大きな水しぶきを上げて姿を消す機体。


「───!」


カッと頭に血が昇るのがわかった。
(………なんで)
あの化け物を倒すために、ディルムッドは自分の宝具をひとつ消した。セイバーはその想いを継いで、宝具を放とうとしている。なのに、どうして。
(邪魔をするんだ──!!)
それは一方的な怒りだった。
バーサーカーにも何か思うところがあると、わかっていて尚。
わたしはこの状況が、どうしても赦せなかった。


「……んの…」


落下しながら射程距離を縮める黒い影と、最早逃げ場がなくなった蒼青の騎士王。
狙いは、前者。


「邪魔だあああぁぁぁぁぁっ!!!」


あらんかぎりの大声を出して水辺ぎりぎりまで走る。激動する血液を総動員して左手を空に翳す。



「墜ちろ!!───神の雷霆(ケラウノス)!!」



瞬間、バーサーカー目がけて夜を照らす光が降り注いだ。
鼓膜を破りそうなくらい大きな雷鳴。
稲妻は黒い影の腕を貫く。


「っ、は…!」


気付けば左手には金色の杖があった。
震える脚と呼吸。宙を舞う黒い影はそれでもまだセイバーを狙おうと動く。


「あいつ…!」


もう一度、と杖を動かそうとしたら───標的を無数の武器が襲った。


「え……」


数えきれない剣が、槍が、矢が、銛が、鎌が。
一気にバーサーカーに突き刺さる。
(これ、は)
こんな攻撃が出来るのは、この世にたったひとりしか居ない。
いや、あの人以外居てたまるかってんだ。


「英雄王……!」


いつからそこに居たのか、黄金の英霊はその不遜な態度のまま大橋の上に鎮座していた。
容赦のない宝具の雨を受けた黒い影は力なく墜落していく。これで、障害物は取り除かれた。


「…っ、あれだ!あの真下!」


ぱあん、とタイミングを見計らったように信号弾が上がる。ウェイバーがそれを指差すと、伝令は即座に消えた。指示を伝えに行ったのだろう。同時に、あの化け物が再び未遠川に姿を現す。


「うわ…!」


水辺が揺れて飛沫がかかる。冷たい。


「楪!」


水滴を振りまくわたしの隣にディルムッドが現れた。


「ディルムッド、無事だったんだね。良かった」

「この身には傷ひとつないが…あの雷は、貴女が…?」

「うん、ちょっと頭に血が昇っちゃって…うわっ!」


濡れた髪を揺らす風が吹く。強い風圧。顔を上げると、河を陣取る巨大な化け物に真正面から立ち向かう騎士王が見えた。風はそこから吹いている。


「セイバー…」


もはや選択の余地も、時間もない。祈るように呟く。彼女の一撃で、すべてが決まる。
騎士王が、その細腕で黄金の剣を振り上げる。
舞い上がる風。踊る飛沫。闇を照らす輝きは、いまを斬る。



「約束された───勝利の剣(エクスカリバー)!!!」



ひかりが、放たれた。
見る者すべてを魅了する輝き。騎士の王が手にした栄光。
世界のなによりも眩しいそれは、その強大な力を以てして、化け物を両断した。


「………っ…!」


誰もが、その輝きの美しさに息をのんだ。
化け物を消し去ったそれの残光が夜に浮かぶ。
静寂を取り戻した河辺。水はただ緩やかに流れてゆく。


「………終わった、のか…?」


おそるおそる、ウェイバーが口を開く。


「……終わったわ。私たちの勝利よ」


得意げに微笑むアイリスフィールさん。戻って来たセイバーは肩で息をしているものの、表情は酷く晴れ晴れしかった。


「セイバー!」


駆け寄るアイリスフィールさんに微笑みを返し、セイバーはこちらに向き直る。先に口を開いたのはディルムッドの方だった。


「見事な一刀だった、騎士王。このディルムッド、勝利を預けたことを誇りに思う」

「ああ。だが、この勝利は私だけの力で得たものではない。協力してくれた全ての者に礼を言う」


決して慢ることのない潔白な意志。セイバーの言葉にディルムッドは頷く。


「その勝利に貢献出来たことが何よりの褒美だ。こちらこそ礼を言うぞ、騎士王」


二人の騎士はお互い満足そうに笑みを交わしてから歩きだす。そろそろ此処を離れなければ、警察やら何やら面倒なものが押し寄せるだろう。監督役が情報規制をかけるだろうが、見つからないに越したことはない。


「女神」


呼び止められて振り返る。セイバーがわたしを見ていた。


「貴女のご慈悲に感謝します。一度ならず二度までもこの身を救われた」

「え……いや、わたしはなにも…」

「いいえ。貴女の加護と、強力な援護は我らの勝利に大きく貢献しています」

「…セイバー…」

「ありがとう。この恩は忘れない」


真っ直ぐな言葉が照れくさくて、俯きながらどういたしまして、と返す。それを見てアイリスフィールさんがくすくすと笑った。


「ふふっ、照れ屋さんなのね」

「そういうお年頃なんです…」

「頑張ってね、楪さん。貴女は貴女の信じる道を行けば良いの」

「……はい」


強く頷いて前を見ると、今度はウェイバーがこちらを見ていた。何だろう。


「…ウェイバー?」

「…も…もう迷子になるなよ!」

「……うん。ありがとう」


わかりにくい優しさに笑って、少し先で待っているディルムッドのもとへ走る。
不意に、視線を感じた。


「ん……?」


彼の隣に立って振り向く。見えたのは、大橋の上に佇む黄金。
(っ、───)
距離がありすぎて顔なんてわからないはずなのに、何故だか目があった気がして寒気がした。
にやり。厭な笑顔を浮かべる英雄王が見えないのに見える。


「どうかしたのか、楪」

「…っ、ううん。なんでもないよ」

「そうか。ならば我が主のもとへ戻ろう。──今度こそ、勝利を手土産に」

「うん、行こう。ディルムッド」


ふわり、逞しい腕に抱き上げられてそのまま夜空を駆け上がる。宇宙が近い。いまなら散らばる星たちを手につかめそうな気がした。
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