「……っ…」


死を予告された指先が震える。か細い息を吐き出す。
(───確実に、死ぬ)
否定したかった。
そんなことはない、と。
そんな結果は訪れるはずかない、と。
でも。
(わかってしまう)
死の気配が、間近までにじり寄って来ていること。
わたしの本能はわかってる。


「………楪?どうしたんだよ…」


急に黙り込んだわたしを心配そうに見つめるウェイバー。首をちいさく降って携帯電話を手渡す。
(これ以上、あの人の言葉を聞けば)
わたしはきっと崩壊する。
いま信じているものすら見失う。
そんな気がしたから。


「楪、顔色が悪いようだが…」

「……大丈夫だよ、ランサー」


不安気なランサーに笑いかける。
大丈夫。大丈夫だよ。
まるで自分に言い聞かせるように。


「……出来る…と思う。たぶん」


ウェイバーは何やら電話先とやり取りをしている。きっとあの男が何か戦術を伝えているんだろう。


「…しかし、凄いものだな。ケイタイデンワというのは」


ふと、隣のランサーが感心したように呟く。あ、そっか。昔の英雄ならあんな電子機器、もはや魔法の領域だよね。


「利便性の塊だよね」

「そうだな。人類は進化している」

「一気に壮大なスケールになったね…」

「あれがあれば、楪とはぐれた時も直ぐに迎えに行ける」

「確かにはぐれたとき携帯電話があれば便利だよね」

「ああ。だが…俺なら、あれがなくても貴女を見つけてみせよう」

「………!」


そんな優しいことを優しい笑顔で言われたら、なんだかもうドキドキしちゃうじゃないか。頬があつい。
ちらりとランサーを見やる。少しも悪びれずに微笑む英雄は相変わらずイケメンだった。


「…おい」


電話が終わったらしいウェイバーが微妙な面持ちでこちらに声をかける。


「どうかしたのか」

「それが……あんたに言伝があった。『セイバーの左手は対城宝具』だとか何とか…」

「────!!」


ランサーが驚愕に目を見開く。


「本当なのか、セイバー」


ランサーの問い掛けにセイバーは暗い顔で頷く。


「それは…キャスターのあの怪物を、一撃で仕留め得るものなのか?」

「……可能だろう。だが、ランサー」


セイバーはそのイケメンオーラを余すところなく振るいながらランサーを見据える。


「我が剣の重さは誇りの重さだ。貴方と戦った結果の傷は、誉れであっても枷ではない。…森で貴方が言った通りだ。この左手の代替にディルムッド・オディナの助勢を得るなら、それこそが万軍に値する」


あくまでも騎士道を重んじるセイバーの言葉。彼女こそが騎士の王なのだ。それを自ら裏切るわけにはいくまい。
(でも───)
あの化け物を一撃で斬り伏せられる程の威力を持った剣なと、この場でセイバーの他に於いて誰が使えよう。あれを迅速に倒したいのなら、それを使うしかない。


「……なぁセイバー。俺はあのキャスターが赦せない」


ランサーが、セイバーを見る。その横顔は酷く美しい決意を纏っていた。


「奴は諸人の絶望を是とし、恐怖の伝播を悦とする者。騎士の誓いに懸けて、あれは看過できぬ悪だ」


そう言って、ランサーは赤い槍を地面に突き立てた。そのまま黄色い槍を中程を両手で握る。
(な、──!!)
さすがのわたしでもランサーが何をしようとしているかが一瞬でわかった。それはセイバーも同じだったらしい。彼女は声を上げる。


「ランサー、それは駄目だ!」

「いま勝たなければならないのは、セイバーか?ランサーか?…否、どちらでもない。此処で勝負するべきは、我らが奉じた騎士の道。……そうだろう、英霊アルトリアよ」


激情を表に出すでもなく、あくまで冷静にそう紡ぐランサーの決意は本物だ。
(それでも…!)
武器を壊すなんて自殺行為だ。それはセイバーを助けても、ランサーを救わない。
必ず死ぬ。
さっきの男の言葉が蘇って寒気がした。


「…っ、ランサー!」


焦りながら叫ぶわたしを見て、ランサーはいつも通りの笑顔をくれた。


「赦せ、女神よ。我が騎士道をどうかご理解頂きたい」

「そんな…」

「俺には貴女が居る。宝具がひとつ消えたところで、このディルムッドの勝利を信じてくれる貴女が居れば───なにも怖くはない」

「────ッ…!」


慈しむような眼差しで、そんなことを言われてしまったらもう───なにも言えない。
(ランサーの、ばか)
そんなの、頷くしかないじゃん。


「…わかった。貴方の意志を受け入れるよ、ディルムッド」


愚かな女神だと嗤われても構わない。
それでもわたしを信じてくれるひとがいるなら、わたしだって信じる。
それがたとえ茨の道であったとしても。
わたしは彼の、ディルムッドの勝利を願おう。


「…ありがとう、楪」


言葉と同時に折れる槍。
真っ二つになったそれから霧のようなものが噴き出る。数秒もせずに黄槍は跡形もなく消滅していた。


「我が勝利の悲願を、騎士王の一刀に託す。…頼んだぞ、セイバー」


決意をみせた英雄の言葉に、セイバーは真っ直ぐな瞳で応える。


「請け合おう、ランサー。今こそ我が剣に勝利を誓う!」


瞬間、セイバーの持っていた見えざる剣から豪風が放たれ、その刀身をあらわにした。
目を疑うような黄金の剣。
この世界の何よりも光り輝く、伝説の武器。


「あれが、アーサー王伝説の……」


ウェイバーが呟く。
騎士王たる彼女しか持ち得ぬ理想の剣。すべての騎士のひかり。放たれる輝きはいまを生きるわたしすらも魅了する。


「勝てるわ…!」


アイリスフィールさんが確信したように紡いだ。
これならあの化け物も一撃で倒せるだろう。わたしにも確信はある。
だが、伏兵は何の前触れもなく襲い掛かってきた。


「────!」


悪寒。
(ッ、来る──!!)
それは、わたしたちに向けられたものではなかった。
特定の人物だけに向けられた殺意。
おぞましいまでの憎悪の塊。
嘆きと後悔を叫ぶ、歪んだ悲鳴。
これは───あの倉庫街で感じた気配と同じ。


「……ッ、セイバー!」

「………?!」


わたしの声に反応したセイバーが咄嗟に河へ向かって疾走する。
同時に、セイバーの居た場所に銃弾が突き刺さった。


「な…!」


夜空を見上げると、そこには。
濁った闇より尚深い、黒い影が存在していた。

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