宴に現れた謎の影。数秒遅れで事態の異常さに気付いた英霊たちが険しい表情をする。


「これは貴様の計らいか?金ぴか」

「…さてな。雑種の考えることなど、いちいち知ったことではない」


仮面は一瞬で増殖し、宴席を取り囲んだ。濃厚な殺気の塊が首筋を撫でる。
(これも───サーヴァントなの…?)
どろりとした闇に囚われたような感覚になる。


「む……無茶苦茶だッ!どういうことだよ?!なんでアサシンばっかり、次から次へと……!大体、どんなサーヴァントでも一つのクラスに一体ぶんしか枠はないはずだろ?!」


悲鳴を上げながら征服王の背中に貼りつく少年。不気味な忍び笑いが響く。


「左様。我らは群にして個のサーヴァント。されど個にして群の影」


様々な風貌をした仮面達が昏く紡ぐ。
(アサシン───)
それは確か、暗殺者のサーヴァント。今まで御目にかかったことはなかったが、まさかこんな処で出会うとは。


「多重人格の英霊が、複数に分かれて行動してるのか…?」

「……まさか…私たち、今日までずっとこの連中に見張られていたわけ?」


ライダーのマスターと、セイバーの身内であろう女性が震える声で呟く。暗殺者達は笑みを称えたまま武器を構える。
(来る……)
こいつらは此処を戦場にする気だ。放つ殺気には隙がない。
(逃げられない…!)
夥しい数の英霊に囲まれてはもう打つ手がない。吐く息が揺れる。肩膝をついて混乱するわたしを見て、黄金の英霊は至極冷静に言ってくる。


「落ち着け。所詮は雑種の集まり。恐るるに足らん」

「っ、でも…!」

「いいから大人しく座っておけ」


面白いものが見れるかもしれぬ、と笑って英雄王は視線をわたしから、その隣にいる巨漢に移した。
(え…?)
つられてそちらを見遣る。すると、征服王はこの空気の中でも余裕の表情を浮かべて佇んでいた。


「なぁ、皆の衆。いい加減、その剣呑な鬼気を放ちまくるのは控えてくれんか?見ての通り、連れが落ち着かなくて困る」


予想外の言葉に目を見開く。ライダーのマスターも同じような顔をしていた。


「あんなやつばらまでも宴に迎え入れるのか?征服王」

「当然だ。王の言葉は万民に向けて発するもの。わざわざ傾聴しに来た者ならば、敵も味方もありはせぬ」


豪快に言い放つ征服王は柄杓に樽の酒を汲み、仮面達に向けて差し出した。わたしとライダーのマスターの視線が交わる。
(なにを───)
恐らく二人の気持ちは一緒だった。いや、皆の気持ちが一緒だったと言っても過言ではない。


「さあ、遠慮は要らぬ。共に語ろうという者は此処に来て杯を取れ。この酒は貴様らの血と共にある」


言葉が終らぬうちに風切り音が鳴った。征服王の手に在った柄杓は頭がなくなっている。汲まれた酒は全て地面にぶちまけられていた。


「余の言葉、聴き間違えたとは言わせんぞ?」


ぞわり。
今度は違う殺気が。
(これ、は)
征服王から放たれるもの。豪快にして唯一無二の威圧感。


「この酒は、貴様らの血と云った筈。…そうか。敢えて地べたにぶちまけたいというならば、是非もない───」


ざああ、と。
風が吹いた。
それは感じ慣れた冬木の風ではなく。
知らぬ筈の、熱く乾いた風であった。


「……なに…?」


冬支度を始めた季節にしては、酷く場違いな感覚。
(何処からこんなものが?)
辺りを見回す。そこにあったのは、王の背中。
(風が───)
征服王は赤い外套を纏い、仮面達を見据えていた。そこから吹き荒れる、砂塵と熱風。
起点は彼だった。


「セイバー、そしてアーチャーよ。これが宴の最後の問いだ。……そも、王とは孤高なるや否や?」


その問いに、英雄王は笑みを浮かべただけだった。セイバーは尚も強く紡ぐ。


「王ならば…孤高であるしかない」


厳かな答え。しかし征服王はそれを笑って否定した。


「駄目だな、全くもって解っておらん!そんな貴様らには、やはり余がいま此処で真の王たる者の姿を見せつけてやらねばなるまいて!」


何処か嬉しそうに、しかし豪快に、征服王は叫ぶ。風がより一層強く吹いた。思わず目を瞑る。
(…ッ、なんだ…?)
掌に伝う感触が変わってゆく。一体なにが起きているのか。数秒して目を開いたら───其処は、見渡す限りの砂漠になっていた。


「は───?」


瞬き、3回。
しかし景色は変わらない。
否、変わったのだ。見違えるほどに。
夜の世界から、真昼の砂漠へと。


「固有結界、ですって…?!」


燦々と降り注ぐ灼熱の太陽。照りつける金の砂。肌に触れるそれは紛れもなく本物だ。


「そんな馬鹿な……!心象風景の具現化だなんて…貴方、魔術師でもないのに…!」

「勿論違う。余ひとりで出来ることではないさ」


セイバーに護られるように座り込む女性の言葉に征服王は笑う。


「これはかつて、我が軍勢が駆け抜けた大地。余と苦楽を共にした勇者たちが、等しく心に焼き付けた景色だ。この世界、この景観をかたちに出来るのは、これが我ら全員の心象であるからさ」


我ら、と云う征服王の後ろから、黒い波がやってくる。
それは決して海水などではない。
勇ましく武装した騎兵たちの影。
それらが王の周りに集ってゆく。


「こいつら、一騎一騎がサーヴァントだ…」


茫然としながらライダーのマスターが零す。集まった騎兵の数は最早無数としか言いようがない。


「見よ!我が無双の軍勢を!」


その大きな両手を広げ、征服王イスカンダルは声高に告げる。


「肉体は滅び、その魂は英霊として世界に召し上げられて、それでもなお余に忠義する伝説の勇者たち。時空を超えて我が召喚に応じる永遠の朋友たち。彼らとの絆こそが我が至宝!我が王道!イスカンダルたる余が誇る最強宝具───王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)なり!!」


声も出なかった。
無数の軍勢。王と、それに仕える勇者たち。
その壮観たるや、これまで見て来たどんな風景よりも鮮烈であった。


「久しいな、相棒」


傍に寄ってきた黒い馬を撫でて征服王は笑った。大きな馬。それに跨った彼は自信を漲らせた声を張る。


「王とは!!誰よりも鮮烈に生き、諸人を魅せる姿を指す言葉!!」


砂漠に響き渡る王の声音。もう、なにも言えはしない。此処で言葉を発して良いのは、征服王であるイスカンダルしか存在しない。


「すべての勇者の羨望を束ね、その道標として立つ者こそが、王。故に───王は孤高にあらず。その偉志は、すべての臣民の志の総算たるが故に!!」

≪然り!然り!然り!≫


軍勢の合唱が大地を震わせる。目を閉じることなど出来ない。座り込んだまま、放心するしかない。


「───さて、では始めるかアサシンよ。見ての通り、我らが具象化した戦場は平野。生憎だが、数で勝るこちらに地の利はあるぞ?」


にやり。不敵に微笑み、征服王は告げる。アサシンの群れが後退り、砂塵は勢いを増す。


「蹂躙せよ!!」


剣を抜いた征服王の叫びを号令に、軍勢が一気に駆け抜ける。
それはあまりにも一瞬で、なによりも鮮烈な光景だった。
真横を走り抜ける騎兵達がアサシンの群れを散らしてゆく。呆気ないほどに容易く。


「……っ…」


英霊とは、宝具とは、形あるものばかりだと思っていた。しかしこのライダーの宝具は違う。無数の軍勢と平野の景色。
(こんなものまでも、)
こんな、魔法のようなことまで可能にしてしまうのか。背筋に熱い鉄棒を突き入れられたかのような衝撃。
(途方もない戦いじゃないか)
聖杯戦争をわかった気で居たからこその驚愕。
手が、震える。
(わたしは───何故此処に居る…?)
気付けば景色は元に戻り、かの軍勢も綺麗に消えていた。


「幕切れは興醒めだったな」


杯の中身をくいっと飲み干して征服王が呟いた。その言葉でやっと現実にかえる。
(嗚呼、終わったのか)
隣の英雄王がふんと鼻を鳴らして紡いだ。


「成る程な。如何に雑種ばかりでも、あれだけの数を束ねれば王と息巻くようにもなるか。……ライダー、やはりおまえという奴は目障りだ」

「言っておれ。どのみち余と貴様とは直々に決着をつける羽目になろうて」


からからと軽快に笑って征服王は立ち上がった。


「お互い、言いたいところも言い尽くしたよな?今宵はこの辺でお開きとしようか」


そうして踵を返す征服王に騎士王が口を挟む。


「待てライダー、私はまだ…」

「貴様はもう黙っとけ。今宵は王が語らう宴であった。だがセイバー、余はもう貴様を王とは認めぬ」

「あくまで私を愚弄し続けるか、ライダー!」


征服王の冷たい言葉にセイバーが喚く。しかしそれを無視して彼はこちらを向いた。


「女神よ、礼を云う」

「え、」

「今宵の宴、中々に良い華が在った。機会があればまた一献酌み交わしたいところだ」

「は、はあ…」


まさか礼を言われるとは。思わず会釈する。


「さあ、坊主。引き上げるぞ」

「………」

「おいこら、坊主」

「え……あぁ、うん」


ぼけっとしていたライダーのマスターが顔をあげる。目があった。が、一瞬で反らされた。えー…嫌われてるのかわたし…。ちょっとショック。
征服王は戦車に乗り込んでからセイバーに云う。


「なぁ小娘よ。いい加減にその痛ましい夢から醒めろ。さもなくば貴様は、いずれ英雄として最低限の誇りさえも見失う羽目になる。貴様の語る王という夢は、いわばそういう類の───呪いだ」

「ッ…!いいや、私は…!」


彼女の反論を聞かずに戦車は走りだした。征服王の背中は最早遥か遠くである。久しい静寂が訪れる。


「耳を傾ける必要などないぞ、セイバー。おまえは自らに信ずる通りの道を行けば良い」


にまり、と厭な笑みを浮かべた黄金が黙り込んだ騎士王に言葉を投げる。先程との落差に表情を歪めたセイバーが唸る。


「さっきは私を嘲笑しておきながら、今度は私におもねるのか?アーチャー」

「無論だ。おまえが語る王道には微塵たりとも間違いはない。正しすぎて、その細腰にはさぞ荷が重かろう。その苦悩、その葛藤……慰みものとしては中々に上等だ」


零れる笑みは何処までも邪悪だ。セイバーは更に険しい表情になる。


「己の器に余る正道を背負い込み、苦しみに足掻くその道化ぶり…我は高く買おう。セイバー、もっと我を笑わせろ。褒美に聖杯を賜わしても良いぞ?」


明らかに彼女の誇りを愚弄する言葉と同時に、英雄王の手にあった杯が真っ二つに割れた。…セイバーが、見えぬ剣でそれを断ち切ったのだ。


「ライダーは去った。宴は終わりだ」


武器を構え、セイバーは彼を睨み付ける。


「アーチャー、疾く去ね。さもなくば剣を抜け」


セイバーは本気だ。殺気を隠そうともしていない。英雄王は苦笑いをして立ち上がる。


「やれやれ。いま割れた酒杯を求め争って、いくつの国が滅びたか知っていような?…まぁ、良い。敢えて罰するまい。道化の狼藉に怒っては王の名折れだからな」

「何とでもほざけ。私の警告は一度限りだ。次は容赦なく斬る」


今にも斬りかかりそうなセイバーを一瞥してから黄金の英霊は捨て台詞を吐く。


「せいぜい励めよ、騎士王とやら。ことによるとおまえは、さらなる我が寵愛に値するかもな」


そう言われた彼女の表情を確認する前にパーカーのフードが引っ張られる。慌てて立ち上がると、身体が浮き上がり景色が霞んだ。


「う、うわ!」


それが英雄王に軽々と抱えられて夜空を闊歩している所為だと気付くのに数秒かかった。驚くわたしの声を喧しいと一括してから彼は地上へ降りる。


「全く、女神ならばもう少し凛としてられぬのか貴様は」

「…す、すいません」

「ふん…ライダーの宝具はそんなに興味深かったか」

「…………」


鋭い深紅がわたしの身を見据える。こわいなおい。


「神如ぎが、あれくらいで驚くでないぞ。みっともない」

「あれくらいって…」


あんなものを見ても尚、彼の自信と余裕は失われない。
(どうして)
わたしはこんなにもかき乱されてしまったというのに。この王は何故こんなに強く在れるのだろう。


「さて…考えなしに拾ったは良いが、何処に置いたものか」

「……え、なにが…」

「決まっておろう。貴様のことだ女神。拾った場所に置けば良いのか?」

「………」


このひと、へんなとこで考えなしだな…。引き摺られるがままの身体を動かして景色を見やる。見慣れた住宅街が広がっていた。此処は間違いなく深山町。嗚呼…なんだかこの感じ、久しぶりだ。


「…此処で良い」


洋館が立ち並ぶ住宅街と武家屋敷みたいな家屋がひしめく地区を繋ぐ交差点で挙手をしてみる。夜はすっかり暗くなっていて、人気は全くと言って良い程ない。


「そうか。此処ならば丁度良い」


坂を見上げて英雄王は呟く。彼の本拠地はあちららしい。


「ではな、女神。次会う時までに色気くらいは磨いておくが良い」

「だから、余計なお世話だってば」


わたしの悪態を鼻で笑って英雄王は消えた。夜の交差点に取り残される。


「………帰ろう」


呟いて歩きだす。目指すは自宅。もう廃工場に戻る気力もない。のろのろと幽鬼のように道を辿り、日本家屋の我が家に帰る。鍵は開きっぱなしだった。防犯対策不十分。しかし中はいつも通り。まあ泥棒も入る家くらいは考えるよねとか独りごちながら仏壇へ手を合わせる。


「いきなり留守にしてごめんなさい、おばあちゃん」


遺影と遺骨に告げてから座敷に寝そべった。どっと疲労感が襲ってくる。
(たった数日間、なのに)
そう。聖杯戦争とやらに巻き込まれたのは、ほんの数日前なのだ。なのにもう何年も体験してきたかのように思える濃密な日々。
(これが普通、なのに)
誰もいない家。静かな居間。暗い廊下。安穏な日々。それこそが、普遍的な生活だったはずなのに。
(──なんで)
どうしてわたしはこんなにも寂寞を抱えているの?

想像を越えた聖杯戦争。
役たたずの女神。
交差する思惑と疑念。
王の言葉。

たくさんの奇跡と罪悪がひしめく日々に、戻る資格などあるのだろうか。
(それでも、わたしは)
勝って欲しいひとがいる。勝利を見届けたいひとがいる。


「……ランサー、」


擦れた声で呟いても、誰も応えてはくれなかった。

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