「ねえ、ちょっと。買い出しに行って来て欲しいのだけれど」


そろそろ太陽が沈み出そうかという夕刻、廃工場にて。ソラウさんはさらっとそんなことを言い出した。思わずハァ?と反抗的な返答をしてしまう。


「ハァ?じゃないわよ。私はケイネスの看病に付きっきりだし、ランサーだって結界の見張りがあるわ。暇なのは貴女だけでしょう?」

「でも、もうすぐ夜になりますよ」

「そんなの貴女に関係あって?どうせ役立たずの女神になんて誰も振り向きはしないわ。いいから、はやく行って来なさいな」


はい、とメモを手渡され建物から追い出される。夕焼けは場違いなくらいに赤く空を焼く。


「ソラウ様」

「あら、ランサー。どうしたの」

「楪を買い出しに行かせるのなら、護衛を」

「必要ないわ。彼女はマスターでもなければサーヴァントでもない。護衛するだけ無駄よ」

「しかし……」

「ランサー、貴方にはケイネスの居る此処を守る義務があります」

「………」


わたしの意志を無視して話をどんどん進めるソラウさん。最早怒りを通り越して何も感じない。世の中にはいろんな人間がいるんですね。わたしは不安そうな顔をするランサーに笑いかける。


「大丈夫、此処からなら新都の繁華街も近いから。それに、冬木のことならソラウさんよりわたしの方がわかるし。ランサーは主を守ってて」

「楪…」

「そこまでいうのなら大丈夫ね。はやく行って来て頂戴」

「ハイハイ」


曇った表情のランサーと喧しいソラウさんに軽く手を振って廃工場をあとにした。沈んでゆく太陽を見つめながら新都の繁華街へ向かう。メモを開くと、包帯やら薬やらの医療品を中心とした買い出しリストが。この辺なら薬局で揃いそうだ。すぐに買い物は終わるだろう。夜に飲み込まれてしまう前にはやく帰ろう。まだ聖杯戦争は続いている。他のサーヴァント同士の戦いに巻き込まれないとも限らない。面倒なことになる前にはやく戻ってしまおう。
新都の中心部まで繰り出し、急ぎ足で店へ向かう。此処らで一番大きな薬局だ。このメモにあるものは全て揃う。


「えーと…包帯とワセリンと…あとタオルと…」


無造作にカゴに商品を突っ込んでレジへと持って行く。無愛想な店員が料金を読み上げる。ぴったりの金額を出して袋にそれらを詰めて店を出た。陽は闇にのまれ、名残惜しそうに赤色が空を淡く染めている。一番星が不吉に煌めく。
(ああ、なんだろう)
すごく───嫌な予感がする。言葉には出来ないけれど、嫌な感じ。帰ったらアジトが襲われていたとかそんなのは御免だ。冷たくなりだした風を受けて来た道を戻る。
(ランサー…)
彼が戦うのなら、わたしがその背中を守ろう。そして勝利を祈ろう。それで彼が笑ってくれるのなら、何度だって。そう、決めたのに。
どうして。
もう二度と彼に会えないような気が、するのだろう。


「…っ、はぁ…はぁ…は、っ…」


いつしかわたしは走りだしていた。得体の知れない不安を抱えて、夜に追いたてられながら進む。
(なんで)
アジトに近づくほど、予感は濃くなってゆく。安心するはずの心が震えてる。見慣れた廃工場地帯へやってきた。あとは、此処からアジトを目指せば───。


「………あれ…?」


違和感。
些細でいて、決定的な。
工場地帯の入り口から中に入る。
しかし、それ以上は進めない。
気付けば入り口に戻って来ている。


「え……なんで…」


辿り着けない。さっきまで居た場所に。いくら歩いても、走っても。
(おかしい、そんな筈は…)
アジトは確かにこの工場地帯にある。それは絶対的な事実。なのに、どうして。


「…まさか、結界…?」


ざわり、と予感が確信に変わった。
(ああ、どうして)
なんでわたしは安易にソラウさんの言葉を聞いてしまったのだろう。
あのひとは、目的のために手段を選ばないというのに。
ランサーと二人きりになれるチャンスをみすみす逃すような人間じゃない。ケイネスさんが動けぬ今、わたしさえ居なくなればもう───。


「…っ、ランサー…!」


名前を呼べど返事はない。見張りをしているならわたしに気付いても良い筈なのに。
(なにか…目印になるもの…)
誰かに気付いて欲しくてなにかを探す。
(そうだ…宝具…!)
咄嗟に思い付く。キャスターに使った宝具とやらをいま此処で使えば、ランサーとて気付いてくれるのではないか。そう思った。しかし。


「…ぅ、…あ…」


神経を集中させようとした瞬間に訪れる目眩。まだ体調は万全ではない。魔力が回復しきっていないのだろう。これじゃあ宝具も使えない。どうすれば、どうしたら。


「……っ、く…」


それから一時間程、廃工場の入り口で四苦八苦していた。何度も何度も中に入ろうとしては入り口に戻されるし、冷たい夜風のおかげで体調の悪さは倍増。なんかもう心が折れそうだ。


「くそ……」


埒があかない。そう判断したわたしはとりあえず頭を冷やすために工場地帯から離れて夜の新都を横断し、深山と繋がる大橋の上を歩いていた。目指すは海浜公園。この街のなかで好きな場所ベスト3に入るところた。吹きすさぶ風に髪を揺らしながらゆっくりと橋を渡り、公園へと降りる。


「はあ…」


すっかり夜になってしまった。人気のない薄暗い公園。空っぽのベンチに座って溜め息を吐く。手には医療品。行き場のない薬品の匂い。
(なんだよ…わたしを入れないってことは、これも必要ないのかよ…)
つまり最初から全てはブラフだったってことだ。なんてこった、完全に謀られた。ソラウさんとランサーだけは、二人きりにしてはいけなかったのに。
(……ごめんなさい)
わたしの考えが甘かった。ケイネスさんに言われたことは疎か、自分で誓ったことさえ守れていない。馬鹿みたいだ。ランサーは大丈夫だろうか。心配だ。


「……もう、戻れないのかな…あそこ…」


魔術結界とやらの打破方法なんてわたしが知るはずない。わたしが防げるのは魔術攻撃と宝具による攻撃だけ。結界なんて破れない。このままじゃ、最悪の結末しか迎えられない。もうランサーには会えず、なにも出来ずに終わってゆく。そんなのは嫌だ。嫌、なのに。


「あーもう、くそ…」


ぐしゃりと頭を抱えて呟く。悔しい。こんなことになるなら、ランサーに付いてきて貰えば良かった。わたしのばか。泣きそうになりながら目を閉じる。頭が痛い。身体が熱い。あと少し休んだらもう一回あの工場地帯へ行ってみよう。もしかしたら結界が綻んでいるかもしれない────。



「…なんだ。神如きが、こんなところで何をしている」



不意に、頭上から声が降ってきた。なんとなく聞き覚えのあるもの。そろりと顔を上げたら、金色が見えた。
(あ、───)
思考が停止する。
これは。
この男は。
あの倉庫街で、無限の武器を振る舞った金色のサーヴァント───!!


「…っ、!!」


反射的に危険を感じた身体が起き上がる。しかし、逃げようとしても脚が動かなかった。うまく力が入らない。そんなわたしを値踏みするように見やり、奴は嗤う。


「…ふむ。貴様は完全な神体ではないのだな。半神半人といったところか。いや…もっと神性が少ないな」

「は……はい…?」

「ヒトとして生を受けながら、神の力を振るうか。…その不相応さ…見覚えがある。…女。名をなんと云う」

「…………弦切楪…」

「ほう。これはまた面白い名をしているな。楪か…悪くはない」


にまり、と微笑み金色はこちらに近づいてくる。


「楪とやら。見たところ、貴様は暇をしているようだな。よし、我の酒宴に付き添うことを許そう」


一瞬、なにを言われているのか理解できなかった。恐らく目が点になっていたのだろう。呆れたように溜め息を吐きながら金色は再び口を開く。


「だから、暇を持て余している貴様を酒宴に連れて行くと言っているのだ。良いな」

「え………あの、酒宴って」

「ライダーの誘いだ。遠慮は要らん」

「うわっ!」


ぐいっと腕を引っ張られて立ち上がる。わたしより高い背丈。血よりも紅い瞳と、朝焼けより鮮やかな金の髪。思わず目を奪われる。そうしている隙に身体はどんどん進んでゆく。気付けば水辺の近くまで来ていた。座っていたベンチは遠く、わたしの目の前には息がつまりそうな黄金。


「ふん…徒歩で行くのはいけすかん。どれ、ひとつ我が財宝から移動手段を出してやろう」


そう呟いたかとおもえば、彼は対岸を見てにやりと笑った。そうして唱える。その財宝の名を。



「いでよ、ヴィマーナ」



その言葉と同時に現れたのは、現実を疑う程に輝く金の……UFO?


「な……な、なにこれ?!」

「喧しいぞ。早く乗れ」

「乗れって…何処に?!ていうか、なんでUFO出せるの?!」

「なんだ、我がヴィマーナを前に怖気づいたか?所詮は神だな」

「お、怖気づいた訳じゃ…!」

「なら早く乗れ。行くぞ」

「うわぁ!」


服を掴まれUFOの上に乗せられる。むき出しの搭乗席が怖すぎる。そんなわたしを一瞥してから金色は一つしかない王座に座った。ぐんっと重力が身体に圧し掛かる。UFOが動き出したのだ。いつ足を滑らせて落ちるかわからない。まだ死にたくないのでしゃがんで王座の近くに広がる紅い布を握りしめた。


「酒宴の場所は確か…あちらだったな」


金色のUFOが向かうのは、先日も行ったばかりの場所。郊外にあるセイバーのマスターの本拠地。
(まさか……)
酒宴というのは、あそこでやるのか。じゃあ…またこの前みたいに闘いが起きる…?


「───ッ!!」


ぞわり。無残に敗れたケイネスさんが甦る。冷たい殺気。セイバーのマスターの視線。色んなものが一気に押し寄せる。思わず口元を押さえた。


「…案ずるな。酒宴で争いを起こそうと云う程、我は野蛮ではない。セイバーやライダーはどうか知らんがな」

「え……」

「少しは華らしく凛としていろ。色気もない女神では見る価値もない」

「なっ…!よ、余計な御世話だよ!殺されかけた奴にそんなこと言われたくない!」

「あれは貴様の不貞が原因であろう。神如きが我が財宝を消しさる等、赦される行為ではない」

「そんなジャイアニズム知らないし、あれはそっちが先にやってきたんだ!」

「汚らわしい犬の傍に居た貴様が悪い」

「不可抗力!」


言い合いをしているうちにUFOは着地していた。鬱蒼とした森の中に降ろされる。金色が何が呟くと共に一瞬でそれは消え失せた。


「そら、行くぞ女神」

「…………」

「なにをしている。王たる我の言う事が聴けぬと申すか」


神如きが、と吐き捨てるように言う金色。なにか神に恨みでもあるのだろうか。


「…本気でセイバーのマスターの本拠地へ行くの?」

「無論だ。我は最強故、誰にも負けはせぬ。敵の本拠地に乗り込む等、余興にもならん」

「……連れてこられたには、ついていくけど」

「ならばさっさと歩け。無駄な時間を喰わせるな」

「でも───なんで、わたしを連れてくの?」


純粋な疑問。役立たずの女神、と罵られたのは買い出しに行く前だったか。薄々自分でも感じていたこと。わたしはこの闘いに居ても居なくても良い存在だ。脇役は所詮脇役。役に立つことはない。なのに、なんでこいつは。


「わからんか?貴様が女神だからだ。宴に華は必要不可欠であろう」

「わたしが華?」

「どんな雑種だろうと、華は華だ。それに───人の身でありながら、神の力を使う存在というのも面白い。分不相応な存在は嫌いではないのでな」

「……………」


なんかさらりと失礼なこと言われた気がするけど、これはつまり…褒められてるの…か?判断がつかずに黙り込むわたしのパーカーのフードをむんずと掴み、金色は言い放つ。


「良いか。華の存在意義など、華自身が決めることではない。それは我が、王が決めることだ。華が必要な場所があるから連れてきた。それだけだ」


天上天下唯我独尊。
正に、そんなキャッチフレーズがぴったりの黄金の英霊は、その目を疑う程の輝きを以てわたしの存在を肯定した。


「……王が、決める」

「そうだ。英雄王たる我の決定が世界の決定。ならば貴様はこの酒宴に参加せねばなるまい」

「英雄、王」


不敵に笑って、彼は、英雄王はわたしを引き摺って歩き出す。
その黄金の背中に逆らう気はない。ただ呆気にとられたまま、覚束ない足取りでその影を追った。

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