「キャスターの居場所がわかった。すぐに出発する」
日が暮れると共に告げられた言葉。そうして連れてこられたのは郊外にある鬱蒼とした森の中だった。冬木市のなかでも近づくひとの少ない場所。此処で生まれ育ったわたしでさえも入ったことがなかった。森の奥にはお化けや怪物が出るという噂が絶えず、人を寄せ付けないのだ。キャスターというのは魔術師のサーヴァントだと聞いている。それがこんな森の中に居る。会ったことはないが何故か納得できてしまった。魔術師に暗い森とは、なんとも御似合いだなぁと。
「…ランサー。キャスターの気配は?」
「近いです、我が主よ」
夜の森には何処となくぴりりとした緊張感が張り詰めている。渇いた風に揺れる木々。なんだか厭な感じがする。不快感に顔を歪めているとケイネスさんが呟いた。
「よもやキャスターがアインツベルンの本拠地に現れるとは…好都合だ。昨夜の借りを返させて貰う」
ああ、此処はセイバーのマスターの本拠地なのか。この厭な感じはそのマスター達が魔術的な何かを張り巡らせているからだろう。 (…さっきからずっと、見られている) 上空から、背後から、真横から。感じる視線は数えきれない。実体のないものがこちらを監視している。ざわざわする。きもちわるい。
「ランサーは楪を連れてキャスター討伐へ向かえ。私は此処で様子を見る」
「承知致しました。必ずやキャスターの首級を手に入れて参ります」
「そうでなければ困る。行け」
「はっ」
ふわりと身体が浮く。ランサーに抱きあげられたのだ。
「しっかり捕まっていろ、楪」
「了解」
落ちないようランサーにしがみ付く。森の中を槍兵が駆ける。常人では追いつけぬスピード。風圧で髪が取れそうだ。目を閉じる。
「───ッ!」
不意にランサーが立ち止まった。一体どうしたというのか。もしかしてわたしが重くて耐えられなくなったのだろうか。だとしたら申し訳ない、はやく降りなきゃ。
「ランサー、重いなら降りるよ」
「いや、違う。この感じ───キャスターの奴、セイバーと交戦している」
「え……セイバーって…あのセイバー?」
「ああ。此処はセイバーのマスターの本拠地。ならば侵入者のキャスターをセイバーが叩こうとしても何も不思議ではない」
確かに。庭に不審者が入ってきたら、それを退けるのは番犬の役目だ。ランサーは難しい顔をして佇む。
「…ランサー?」
「女神、折り入って御願がある」
「へ?」
突然改まる彼の言葉に呆ける間抜けはわたしです。一度地面に降ろされ、その魔貌と向かい合う。至極真剣な眼差しに目が反らせない。
「戦地に着いたと同時に、俺とセイバーに加護をかけて欲しい」
「…な……え…でも、セイバーは敵…」
「ああ。しかし今はキャスターの討伐が最優先。それまでは一時休戦との宣言が出されている。ならば今は協力関係にある」
「で、でも…」
「セイバーは未だ我が槍の魔傷で左手の自由が利かぬ筈。片手一本で倒せるほどサーヴァント同士の闘いは甘くはない。それに…折角仕留めかけた獲物を横取りされるのは気に喰わない」
「……」
「これより、我が槍をセイバーの左手となるために振るう。俺に加護をかけることは、即ちセイバーに加護をかけることと同義となる」
「……はあ…めちゃくちゃだなあ…」
「どうか、御慈悲を」
騎士道精神というやつは、なんとも面倒なものらしい。忠犬よろしくわたしを見つめるランサーの目に迷いはない。どうやら本気らしい。なんとも愚かだ。敵に塩を送るとは、全く呆れた騎士道である。…でも。
「いいよ。ランサーがそうしたいなら、わたしは協力する。がんばるって決めたしね」
ぱあっと明るい表情になるランサー。キャスターを倒すためだ。セイバーの助力を得て敵を倒せばきっとケイネスさんも喜ぶ。
「有難う、楪」
「後で怒られても知らないからね」
「心配には及ばん。我が主から受けた命はキャスターの討伐。セイバーを倒すことに非ず」
「…成る程。ランサーにしちゃ考えたね。良いんじゃないかな、そういうの」
「ならば、早々にセイバーの元へ向かうとしよう」
「うん」
再び抱き上げられて移動する。空気がどんどん濁ってくる。すごく気持ち悪いかんじがする。きっと、戦地が近い。 (生臭い。なんの匂いだろう) ランサーの移動速度じゃ見えない。まあ、見えてもいいものじゃないだろう。
「ッ、楪!俺の首にしがみつけ!」
「───!」
ランサーが大きく跳躍した。わたしが首に腕を回してしがみつくと同時に両手に槍を握る。風を斬り、肉を裂く音。ふわりと着地したランサーから手を離して地に足をつければ、周囲は得体の知れない生物に埋め尽くされていた。う、うっわーなにこれ。きもちわる。生臭いのはこいつらだったのか。
「無様だぞ、セイバー。もっと魅せる剣でなければ、騎士王の名が泣くではないか」
ウインクをしながらセイバーに話しかけるランサー。イケメンすぎてちょっと腹立つ。さっき槍を投げたのは恐らくセイバーを助けるためだったのだろう。蹲っていた彼女が立ち上がる。
「何者だァ!!誰の赦しを得てこの私の邪魔立てするかァ!!」
森に響き渡る怒号。見れば、うねうねと動くへんないきものの後ろに大きな影。あれが、キャスター?
「それはこちらの台詞だ、外道。セイバーの首級は我が槍の勲!」
手にした槍をキャスターに向けるランサー。わたしは邪魔にならないように左隣に佇む。
「ああああ!私の聖杯が!私の祈りが!その女性を甦らせたのだ!彼女は私の物だ。肉の一片からその魂に至るまで、私の物だ!」
発狂したように叫ぶ青い影。正直きもちわるい。なんだろう、キャスターってちょっとアレなのかな。だから討伐命令が出たのかな。
「なあ、キャスター。別に俺は貴様の恋路にまで口出しはせんよ。是が非でもセイバーを屈服させて奪いたいと云うのなら、やってみるが良いさ。ただし…このディルムッドを差し置いて、片腕だけのセイバーを討ち果たすことだけは、断じて許さん!!」
ランサーの気迫に圧されたのか、キャスターは唸るだけ。周りのへんないきものはまだ攻撃してくる気配はない。セイバーが口を開く。
「ランサー…貴方は…」
「勘違いするなよセイバー。今日の俺が仰せつかったのは、キャスターを倒せという命令のみだ。ならば、此処は共闘が最善と判断するが…どうだ?」
「……!」
貌をあげたセイバーが不敵に笑って紡ぐ。
「断っておくが、ランサー。私なら、左手一本であの雑魚共を100は潰すぞ」
「ふっ…その程度なら、造作もない」
武器を構えるふたり。戦闘が始まるまえにランサーに頼まれたことをしよう。
「っ、ランサー、セイバー」
振り向いた二人に向き直る。すると彼らは一様に手を差し出して気きた。それに触れて目を閉じる。神経を集中させて、イメージする。昨夜ランサーに加護を与えたときのように。
「『勝利の女神』よ、どうか我々に加護を」
セイバーの声に呼応して、左肩辺りから赤い光が放たれる。
「アルトリア、及び、ディルムッド・オディナに勝利の加護を。 ───fiat lux(光あれ)」
自動的に紡がれる言葉。光は二人を包み込む。1分もせずに儀式は終った。あとはキャスターを倒すのみ。
「行くぞ、騎士王」
「ああ」
疾風の如く駆けだす戦士の背中を見守りながらわたしは祈る。願わくば、一点の曇りもない勝利を。 なぎ倒されていく敵を見つめる視線は背後まで届かない。迫る危機に気づけずに、わたしはただ愚鈍に前を見るだけだった。
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