『冬木市湾岸地区の倉庫街で発生した原因不明の爆発事故ですが、消火作業が始まってから1時間が経とうとしています。この事故に先立ち、過激派団体から犯行声明が出ていたことが新たに判明し、警察はその団体による犯行との見方を強め調査を開始しています。また───』


テレビから流れるレポーターの声と映し出される映像。先ほどの闘いの痕跡が見える。事実は隠蔽され架空の犯人が仕立て上げられる。監督役というものが暗躍しているとか何とか。聖杯戦争は思ったより大きな力を持ったものらしい。何故だか寒気がした。


「出て来いランサー」

「はっ。御側に」


ソファの端っこに座っていたわたしの隣にランサーが現れる。テレビは消え、部屋には厭な緊張感だけが残る。ああ、なんでわたし此処に居るんだろう。


「今夜は御苦労だった。誉れも高きディルムッド・オディナの槍装、存分に見せて貰った」

「恐縮であります、我が主よ」

「ああ。存分に見せて貰った上で問う。…貴様、何故遊びに興じた?」


ぴりり。空気に電流が走る。息がつまりそうだ。


「騎士の誇りにかけて、戯言でこの槍を取ることはありません」

「ほう、そうか。言うではないか。ならば問うが、セイバーを仕留められなかったのは何故だ?」

「…っ、それは…!」

「一度ならず二度までもセイバーを圧倒しておきながら、貴様は二度とも決め手を逃した。『勝利の女神』の加護を受け、この私の令呪を一つ削いだ上でも尚だ」


ケイネスさんが青筋を立てながらランサーを睨む。


「ランサー…貴様は間違いなくあの闘いを楽しんでいた。セイバーとの競い合いはそれほどまでに愉悦だったか?決着を先送りしたくなるほどに」

「申し訳ありません、主よ。騎士の誇りにかけて、必ずやセイバーの首級は御約束致します。どうか、今しばらくの御猶予を───」

「改めて誓われるまでもない!」


いきなり大声でケイネスさんが叫ぶので思わずびっくりして身を強張らせた。こ、こわい。自分が怒られてるわけじゃないけど逃げたい。クラスで悪いことした子が皆の前で先生に怒られてるのを見てる気分だ。


「それは当然の結果であろう!!貴様は私と契約した。このケイネス・エルメロイに聖杯を齎すと!それは即ち、残り6人のサーヴァントを斬り伏せることと同義だ!この闘いの大前提だ!それを今更…たかだかセイバー1人に必勝を誓うだと…?それを価値ある約定とでも抜かすのか!一体なにを履き違えている!!」

「履き違えているのは貴方じゃなくって?ロード・エルメロイ」


うわ、第三者登場。ソラウさんがこれまた厭な感じでこちらにやってきた。ぴりぴりしていた空気が一気にぎすぎすしだす。逃げたい、切実に逃げたい。こういうの苦手だ。


「闘いの顛末は、私の使い魔から一部始終見させてもらったわ。だからこそ言わせて貰うけど…ランサーに落ち度はないわ。間違いは貴方の状況判断じゃなくて?」

「…っ、ソラウ、何を言うんだ…」

「ねえ、ケイネス。私に言わせてもらえば、あの場はランサーの提言通り、バーサーカーを標的にすべきだったのよ。だって…ランサーの破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)は、あらゆる武器を宝具化するバーサーカーに対して特に有効な宝具なのよ?」

「…………」

「更にセイバーの助成があれば、バーサーカーは苦も無く倒せていたでしょうね。つまり、敵の一人を効率よく排除できるチャンスを、貴方はみすみす逃したのよ」


ケイネスさんの表情がみるみる渋くなっていく。ああ、ソラウさん…それ以上なにも言わないで。絶対良くない空気だこれ。窒息死しそう。


「…きみはセイバーの脅威を知らない。あれは取り分け強力なサーヴァントだ。総合力ではランサーを凌いで余りある。ならばこそ、着実に倒せる好機を逃すわけにはいかなかった…!」

「貴方って人は…。自分のサーヴァントの特性を、本当に理解しているのかしら?何の為の必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)だと思っているの?治療不能の手傷を負わせたセイバーであれば、いつでも倒せたのよ?それよりも、あの時点ではバーサーカーの方が脅威度が上だったわ」

「くっ……」

「第一、そこまでセイバーを危険視していたのなら、どうして貴方敵のマスターを放っておいたの?」

「っ、…」

「ランサーがセイバーを引きつけている間に、無防備なマスターを攻撃出来たんじゃなくて?なのに、貴方がしたことと云えば、戦場に彼女を放置してただ隠れて見てただけ。全く、情けないにも程があるわよ」

「し、しかし…」

「ケイネス。貴方は他のマスターに対して、どういうアドバンテージを持っているのか、理解していない訳じゃないでしょう?」

「…それは、無論」

「本来なら、単一しかない因果性を二つに分割して配分する分割契約。サーヴァントへの魔力供給を、私が肩代わりするなんて荒技…。流石、降霊科随一の神童と謳われたことはあるわよね。でもね、ケイネス」


ソラウさんはぐんぐんケイネスさんを推してゆく。その言葉は揺るぎない。


「貴方は魔術師としては一流でも、戦士としては二流よ。折角の下準備を、戦略的に何も生かしていないじゃない」

「わ、私は…」

「ねえ、何の為に私がランサーに魔力を送っていると思うの?貴方の戦いを有利に運ばせる為でしょう?それに…女神の加護とやらも活用できないのなら、その娘を攫ってきた意味もないんじゃない?」


げ、わたしにまで矛先が向いてきた。居たたまれなくなって目を反らす。もう勘弁してください。


「闘いはまだ序盤だ。初戦のうち慎重に…」

「あらそう?なのにランサーにだけは結果を急がせるわけ?」

「……!」

「ランサーを責める前に、まずは自分を顧みるべきよね?ケイネス。今夜の貴方は───」

「ソラウ様、そこまでにして頂きたい」

「っ、ランサー…」


同じように居たたまれなくなったのか、ランサーが口を開いた。ソラウさんが言葉を止める。


「それより先は、我が主への侮辱だ。騎士として見過ごせぬ」

「いえ、そんなつもりじゃ…!…ごめんなさい、言い過ぎたわ」


突然しおらしくなるソラウさん。なんとまあわかりやすい。拍手したくなるレベルだ。ちらりとランサーを見遣ると非常に険しい顔をしていた。ケイネスさんも似たような表情をしている。誰か新鮮な酸素を下さい。なんでこんな昼ドラみたいな展開に巻き込まれなきゃならないのだ。そんなものはブラウン管の向こうだけでやって欲しい。
なんて薄い空気を吸いながら思っていたら、突然警報機の音が鳴り響いた。同時に部屋の電話が鳴る。ケイネスさんが受話器を取り、数秒で応対を終える。


「下の階で火事だそうだ。ボヤ程度のものだそうだが、直に避難しろと言ってきた。…まあ、間違いなく放火だな」

「ほ、放火…?!」

「よりによって今夜…?」


危険信号を察知した身体が立ち上がる。ケイネスさんは余裕綽々といった感じでほくそ笑んだ。


「ふん、偶然な訳があるまいさ。人払いの計らいだよ。恐らく先の倉庫街でまだ暴れ足りないという輩がおしかけて来たのだろう」

「あそこまで派手にやっといてまだ暴れたりないひととか居るんですか…」


頭おかしい。本気か。見てるだけで疲れたのに…。


「面白い。不本意だったのはこちらも同じだ。そうだろう、ランサー?」

「はい、確かに」

「侵入者もまさかこのフロアが魔術双璧に囲まれているほど改装されているとは思うまい。ランサー、下の階に出て迎え撃て。楪、きみも一緒にだ」

「えっ、また?!」

「きみが傍に居れば居るほどランサーにかけた加護の力は強まる。それにきみは攻撃を受けないからな。誰が来ても大丈夫だろう」

「いやいやいや、勘弁してください。さっきの闘いでもうお腹いっぱいです!」

「随分と甘えた女神様ね?戦士の闘いすら見届けられないなんて。少しは鍛え直しなさいな」

「戦場に出てない貴女には言われたくないですまじで」

「生意気な…。私はランサーに魔力供給をする身。貴女みたいに使い捨てじゃないのよ」

「わたしだって道具じゃありません!」

「………。ランサー、無下に追い払ったりはするなよ」

「承知しました。襲撃者の退路を断ち、この階に追い込めば宜しいのですね」

「そうだ。御客人には、我が魔術工房をとっくり堪能してもらおうではないか」


うーっとソラウさんと睨みあうわたし。いけすかないひとだ。ランサーにだけ優しくして!下心見え見えだぞ!ケイネスさんが可哀相だ!


「楪、」

「へっ?」

「不安にならずとも良い。貴女はこのディルムッド・オディナが必ず御守りする」

「…う、うん…ありがとう…」


だから、それが怖いんだってば。ランサーが守ってくれることに不安はないけど…その所為でソラウさんの敵意が高まるし…反動でソラウさんがランサーに優しくしまくってケイネスさんの機嫌が悪くなるし……負のスパイラルってこういうことですか。ああ、ソラウさんの目線が痛い。


「行け、ランサー。敵を迎え撃って来い」

「はっ。必ずや敵の首級を我が主の元へ」


恭しく礼をしてランサーが歩きだす。わたしもそれに続く。部屋を出るまでずっと背中が痛かった。


「楪は俺の後ろで待機していて欲しい」

「わかった」


階段を使って下に降りる。人気のない廊下。客は我々以外みんな避難したらしい。二槍を手にランサーが侵入者を迎え撃つべく立ち止まる。わたしはその後ろに佇む。暫しの静寂。前にあるランサーの背中から伝う物悲しさ。


「…ランサー、」


落ち込まないで欲しくて声をかける。彼がこちらを向いた瞬間───物凄く、厭な予感がした。
(ッ、……?!)
身の毛がよだつような、殺意と悪意。あまりにも機械的で、それでいて酷く純粋な───。
怖気。出した息を再び吸い込んで目を見開く。


「……楪、どうした?」


不思議そうに首をかしげるランサー。微かに聞こえる重低音。
(あ、)
やばい。脳内で赤いランプが点滅する。危険信号。


「ランサー!上に戻って!」

「な、」


徐々に近くなる、音。これは、まるで……爆発のような。
ランサーもそれに気づいたのかはっと顔を上げる。


「楪!」


名前を叫ばれたと同時に身体が宙に浮く感覚。声を出すより速く、ランサーが駆け出していた。どうやら肩に担がれたみたい。いつもの残像が逆さまだ。落ちないようにしがみつく。


「ケイネス殿!」

「ランサー、状況が変わった!楪を連れてこちらへ!」

「はっ!」


臓物が浮き上がるような速さでランサーが移動する。わたしに見えたのは、泊まっていた部屋が見事に崩れていく光景。それも一瞬で銀色に塗りつぶされた。
(なんか、もう)
色々現実離れしすぎている。昨日からずっと。本当は全部夢なんじゃないのか。溜息すら出ない。ケイネスさんが大声で何か喚いている。それすらも子守唄に聞こえる。
(つかれた…)
ゆっくりと目を閉じる。瞼の裏に溢れる、英霊が放つ輝きと聖杯が垂れ流す暗黒を眺めながら、わたしは意識を手放した。

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