※鯖峰設定。詳しくはこちら。ランバゼと闘ってます。
向けられた赤い槍の穂先を見て、真横にたたずむ黒い男はくつくつと嗤った。 対峙した敵のサーヴァントはそんな男を鋭い瞳で睨みつける。
「よもや貴様が此処に現れるとはな」
「そりゃあこっちの台詞だぜ。ったく、迷うならもうちっとマシな姿で現れやがれ。このクソ神父」
「生憎迷っては居ないうえに、私はもう神父ではないのだよ。ランサー」
「ほう?んじゃあ、いま此処に居るてめぇは何者だ?」
青い英霊の問いかけに、黒い男はにたりと唇を歪ませた。 空気がぎしぎしと千切れていくような感覚。
「我が名はアヴェンジャー。復讐者のサーヴァントだ」
「…チ、碌でもねェのが出てきやがった」
「そう邪慳に扱ってくれるな、ランサー。一度は共に闘った中だろう?」
「ケッ、てめぇみたいな外道と共同戦線を張った覚えはねぇなァ!」
叫びながら、ランサーは槍を構える。その背後では、怯えたように眼を見開くマスターの姿が在った。
「…コトミネ……どうして、貴方が」
「バゼット・フラガ・マクレミッツ。この私に対して、その問いは無意味だと思うがね」
「…ッ、しかし…!」
「いまの私はもうヒトではない。サーヴァントなのだよ、バゼット」
バゼット、と呼ばれた女性は怯えたように一歩下がった。 彼女は代行者時代の言峰と知り合いだったらしい。彼女の眼を見ればわかる。あれは、言峰に好意を抱いていたのだろう。それに対して言峰がどう思っていたかなんて大体予想はつく。ああいった手合いは、彼が最も好む部類だ。ただし───騙し易い、という点で。
「御託はもういいかな」
「…楪、おまえ」
「ランサー。わたしはもう、きっと貴方の知ってるわたしじゃない。だから───容赦は、しなくていいよ」
にまり。自分のサーヴァントと同じようにわらったら、ランサーは苦虫をかみつぶしたような顔をして唸った。
「…そいつに同調しちまったのかよ」
「残念ながらね」
「そこまでして何がしたい」
「願いはたったひとつだよ」
そう。願いは、祈りは、最初からなにも変わってはいない。変わるはずがない。 そのためにわたしは、こうして新たな力を手に入れたのだから。
「…楪、貴女は…コトミネを一体どうしたいのです…」
「これはまたおかしな質問をするんだね、バゼット・フラガ・マクレミッツ。どうするも何も、共に闘うに決まってるじゃない。これは、わたしのサーヴァントなのだから」
「嘘です。コトミネがサーヴァントになどなる筈がない!それもアヴェンジャーだなどと…!だって、彼は…!」
必死の形相で言葉を叫ぶバゼットは、酷く哀れで。 何故だかすこしだけ、■■■くなった。 ああ、かわいそうなひと。 なんて素敵な表情なのだろう。 もっと、もっと。 その視線を感じていたい。
「それでも彼はこうして、此処に居る。それは逃れようのない事実だよ」
「……そんな…」
「夢見がちな乙女のようだね、バゼット。仕方がないから、その夢を黒く染めてあげる」
誓いを此処に。 わたしはどんな手段を用いても、目的を達成し。 彼はどんな目的を用いても、手段を達成する。 ───此処に利害関係は一致した。 男が、私の隣から一歩踏み出る。それを見て相手のサーヴァントもじりじりと間合いを詰め出した。
「さあ───殺し合いを始めよう、アヴェンジャー」
「了解した、我がマスターよ」
鋭い風が吹いた。 駆け出した黒い背中と青い英霊がぶつかり合う。 黒鍵と呪いの槍がぶつかり合う甲高い音が戦場に響き渡る。 眼にもとまらぬ攻防戦に火花が散る。 1分にも満たないうちに、わたしのサーヴァントが舞い戻ってきた。
「…ふむ。流石は大英雄と言ったところか。接近戦では中々に勝ち目が見えん」
「はん、てめぇみてぇな外道にやられるほど、俺は落ちぶれちゃいねーんだよ」
「そうかね。では、奥の手を使うとしよう」
「なに…?」
「───Dies irae,dies illa,solvet saeculum in favilla,teste David cum Sibylla.」
瞬間、周囲の世界がより深い闇に包まれた。 月の光も届かない、どろどろとした黒。 それがあの男から放たれたモノだと、あの二人が気付くまで数秒。 そしてその隙に男はランサーへ向けて宝具である泥を放っていた。 何者も逃れられぬ呪いの泥。 呪詛の詰まったそれを素早くかわしながら、ランサーは槍を構えなおす。
「…死に損ないが…いい加減にしやがれ!」
きいん、と空気が冷たくなっていく。 ランサーの槍が、大地から魔力を吸い上げて呼応している。
「その心臓、貰い受ける!!───刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)!!」
そして放たれた因果を捻じ曲げる呪いの槍が、黒い男の心臓に突き刺さった。 逃れられぬ呪いは、此処にも。 胸に刺さった槍は幾千の棘となり、その心臓を喰らい尽くす。
「…ッ、が…!」
「残念だったな、言峰。てめぇは俺に勝てねえ。それは前回で学ぶべきだった」
よろり、と。黒い男が揺らめく。 しかし、泥は消えない。その実態も、薄れることはない。
「…残念なのは、おまえだよ。ランサー」
そう言って、心臓から槍を引き抜きながら男はわらった。 赤いあかい血液が花のように舞い散る。 黒い英霊は、頬にこびりついたそれを愉しそうに舐めとる。
「な……ん、で、」
必殺の槍を、いとも簡単に。 驚愕に染まるランサーと、バゼットの姿。 赤枝の騎士たちが後ずさる。
「生憎だが、ランサー。私にはもう、心臓等という高尚なモノはないのだよ」
からん、と槍を投げ捨てて男は血に塗れた手を掲げた。
「───Iuste iudex ultionis,donum fac remissionisante diem rationis. Ingemisco tanquam reus,culpa rubet vultus meus;supplicanti parce,Deus.」
詠唱と共に泥が踊りだす。 宝具『怒りの日(ディエス・イレ)』 これこそがアヴェンジャー、言峰綺礼最大の切り札。 聖杯に満ちた泥を自らの宝具として扱う、復讐者。 心臓はなくともパスを通して伝わる心は、昏く深い愉悦に満ちている。
「Pie Iesu Domine,dona eis requiem. ───Amen.」
世界は黒に沈んだ。 呪詛は祈りに、狂気は歓喜に。 流れ込んでくる悦びの歌に、わたしは祝福を呟く。
神の子羊、 世の罪を除きたもう主よ、 かれらに、とわの安息を与えたまえ。
誰にも容赦はしない。 分け隔てのない殺意と決意。 さあ、聖杯戦争を続けよう。
散らばる、奥深く、光る、揺れる、消える。かすかに眩暈。 (心を捉えて離さない闇に溺れよう)
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