ひゅるり、と夜風が身を切り裂く夜半。
澄んだ闇には星が瞬き、手を伸ばせばその輝きすら掴めそうだと夢見がちなことを思う。


「はあ、」


息を吐けば白く濁る。マフラーに埋めた鼻先が冷たい。静かな足音が二つ、アスファルトを蹴って進む。


「寒いねー」

「そうだな」


てくてく、並んで歩く夜の道。
わたしの隣で同じように鼻先を赤くしている弓兵は無表情で応答した。


「でも、今日は久々に楽しかったー」

「そうかね」


今宵は衛宮邸にて、大人数の夕食を頂いてきたのだ。
士郎とセイバー、凛ちゃんに桜ちゃん、ライダーにイリヤ。いつものように大河ちゃんと、今回は何故かランサーまで居た。本当に大勢の人たち。みんな一緒に仲良く鍋をつつきあった。食べて飲んで騒いで酔って、笑いの絶えない温かい空間。そのなかでお隣のアーチャーだけはいつものように仏頂面でお酒を飲んでいたのだけれど。


「アーチャーは楽しくなかった?」

「…さて、どうかな。元々私は、あのようなモノに興味がないのでね。何の感慨も持たなかったが」

「相変わらずかわいくないなー」

「きみは私に何を求めているのだ」


眉を下げて溜息を吐くアーチャー。赤いマフラーに白い髪が埋まっている。


「わたしはただ、アーチャーに笑って欲しいだけだよ」

「………私にそんなものを求めても、何の利益にもならんぞ」

「いいの。アーチャーこそ、いっつも仏頂面してちゃ幸せが逃げるよ」

「構わんさ。元々この身のラックは高くない」

「そう思うから低くなるんでしょーが!ラックなんてわたしが幾らでも上げてやる!」

「楪、魔力はもっと有効的に使いたまえ」

「いいじゃん、少しくらい」

「良くはない。きみの生命に関わる話だ」


冗談のつもりで言った台詞を、彼は真面目に受け止めてしまったらしい。眉間にしわを刻みながら睨んできた。


「冗談だよ。怒らないで」

「きみの、そういう自分を大事にしない発言は赦せんな。何度注意すればわかるんだ?」

「ごめんって。もう言わない」

「そう言ってまた忘れた頃に口にするのだろう?」

「しないよ、信じてよ」

「無理だな。きみは常習犯だ」

「マスターのことを信じてくれないなんて、とんだ不良サーヴァントだなぁ」

「サーヴァントの信頼を裏切るような行為を繰り返すマスターの方が悪いのではないか?」

「うっ……」


正論を突きつけられて返す言葉がなくなる。くつくつと隣から笑い声が聞こえてきた。


「…なんで笑うの」

「いや、すまない。なに、拗ねる楪が見られて嬉しかっただけだよ」

「むっ、なにそれ。アーチャーのくせに生意気だ」

「きみだっていつも私をからかって遊んでいるだろう。これくらいの仕返しは赦される筈だが?」

「それはアーチャーがわかりやすい反応してくれるからつい…」

「ほほう?」


あっ、まずい。つい本音が…。
慌てて顔を反らす。が、後頭部に突き刺さる視線が痛い。負けるなわたし、振り向いたら駄目だ。
暫く視線に耐えながら不自然に顔を背けたまま歩いていたが、突然吹き荒れた冬の風によってその攻防戦は終わりを迎えた。


「ぅ、わぶ!」


びゅおお、と甲高い音を立てて地上を通過していった風は、もの凄い威力でわたしのマフラーを乱してきやがった。おかげさまで首に巻いていたはずの長い布が、髪と一緒にわたしの顔付近くでぐちゃぐちゃになっていた。


「罰が当たったな、マスター」

「…喧しい」


無様に立ちつくすわたしをわらう声。張り付いた髪を払いながら睨み返すと、彼は苦笑しながら乱れたマフラーと髪を直し始めた。


「全く、酷い有様だ」

「不可抗力だよ」

「ああ、髪が絡まってしまっているな」


手櫛で髪を撫でつけながら、優しい仕草で絡まった場所を解いてくれる。頬にくっついた細い髪を取ろうと伸びてきた指先が肌に触れる。それはびっくりするほど冷たかった。


「…アーチャー、」

「ん?」


そっと、離れようとしたその手を掴む。じんわりと冷たさが伝った。


「手、冷たい」

「ああ、手袋をしていないからな」

「わたしもしてないけど、それにしても冷たすぎじゃない?」

「そんなことはないさ」


ねえ、アーチャー。知ってる?
手が冷たいひとは心が温かいんだって。
いまそんなことを教えたら、こんな寒い夜に素手で歩いているから冷たいんだ、なんて言うんだろうけど。
貴方の手が、いつもひんやりとしてることを、わたしは知ってるよ。


「…楪?」


掴んだ手を引き寄せて。
ゆっくりと指先に口づけた。
びく、と目の前の弓兵が面白いほどに反応する。


「ッ、きみはなにを───」


慌てて手を振り払おうとするそれを抑えつけて、唇でやわく指先を食む。
アーチャーの冷たさが痛みの様に神経を駆け巡る。
ゆっくりと顔を上げたら、アーチャーは死ぬほど顔を真っ赤にさせてこちらを見ていた。


「…ぶっ」

「───!!」


我慢しきれなくて噴きだしたら、今度こそ手を振り払われた。
わたしは笑い声を抑えようと必死に口を塞ぐ。


「っ、ふ、ふは…!あ、アーチャー…顔、真っ赤…!」

「い、いまのはどう考えても楪が悪いだろう!」

「あ、あははっ、ご、ごめん…っくく…!」


なんだこのサーヴァント、やたらとかわいいぞ!
笑いすぎて涙が出る。アーチャーは不服そうな顔をしながら、引き攣った笑い声を上げるわたしの首をマフラーでぐるぐる巻きにした。


「全く、きみという奴は本当に…!」


わたしのマフラーを持ったままぶつぶつと文句を垂れ流すアーチャー越しに見上げた夜空は眩しい星の大群に塗れていた。
そのなかでひと際輝くひかりの集まりが、ちかちかと瞼に焼きついた。


「…ねえ、アーチャー」

「なんだ」

「あの星、きれいだね」

「…?」


指さす先にあるその光たちを、振り返って見上げたアーチャーは「ああ、」と声を上げる。


「あれはオリオン座だな」

「オリオン?」

「冬の星座の中でも、北斗七星と並んで有名なものだ」

「ふうん」


博識だなあ、と感心しながらオリオン座を見つめる。きらきら、童話のように輝くそれを見つめながら彼はちいさく言葉を零した。


「…この世に召喚された時も、こんな星の綺麗な夜だった」


吐いた息は白く淡く消えてゆく。
そこで気づく。
いま、眼前に佇むこのひとは、ひとつでも歯車が狂えば出会うことのなかった存在なのだと。
彼の過去がどうであれ、いま此処に居るアーチャーというひとは。
1秒でも時間が違えば、きっと巡り合えなかった。


「アーチャー」


そう思ったら、なんだか。
目の前に居るひとが酷く、愛しくなってしまった。


「楪、?」


振り向く頭を掴んで引き寄せて、不意打ちのキスを。
目を見開いているであろうアーチャーを想像したら、重なる唇がすこしだけ弧を描いた。
触れ合うだけの拙いキス。それでもわたしの愛情を目一杯詰め込んである。
ちゅ、と音をたてて解放してやれば、ゆで蛸みたいになってるアーチャーがぱちくりと瞬きを繰り返していた。
そんな彼に、あいのことばを。



「出逢ってくれてありがとう、アーチャー。あいしてる」



この世のだれよりも、なによりも。
わたしは貴方に幸せを与えたい。
だから、この胸いっぱいの愛を捧げよう。
すこしでも、貴方に笑顔が生まれるように。
すこしでも、貴方がこの世界をあいせるように。


「───、」


言葉を失くしたアーチャーは、ぱくぱくと口を動かしたあとに、とても泣きそうな顔でわたしを強く抱きしめた。


「…楪、オレは、」


言いかけて、また消える声。
その腕が、身体が、震えていたから。
わたしはそっとその背中に触れる。


「大丈夫。アーチャーのことは、わたしが全力で幸せにするから」

「…普通逆じゃないのか、それは」

「そうなのかな?まあ、いいじゃん。アーチャーが幸せなら、わたしも幸せなんだから」

「……ああ、」


聞こえてくる心臓の音。生きている意味。傍にいる存在。
そのすべてを抱きしめながら、温かい肩越しにオリオン座を見上げる。
すこしだけ滲んだそれは、それでもやっぱりきれいだったから。
わたしは温く幸せな涙を一粒、夜に零した。



(ずっとずっと、出会いたかった)



2012.02.01 アーチャー召喚日
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