4.
少し、沈黙が続いた。
聞こえるのは外から聞こえる木々の音や、鳥の囀ずり、
そして、規律正しい麻夜の寝息だけだった。
「――――そっか。
白狐先輩とか起こした事ない?」
気を持ち直したらしい木宅が、
俺に問い掛けてくる。
それに対して、俺はいつもの白狐を思い出しながら答えた。
「………あいつはいつも俺が近付いただけで気付いて起きるから、
でも、麻夜はそんなんじゃあ起きないみたいだ。」
ヨシノさんの様に、ほうきやフライパンを、
麻夜には使えないから、俺は困っていた。
起こし方も知らない自分をどうも感じた事は無かったのに、
今は気恥ずかしい気持ちが一杯だ。
「………そうか〜。
ナルト君、麻夜ちゃんを起こす時はね、
『起きて。』と声を掛けたり、身体を揺すったりしてみるんだよ。
それでも起きなかったら、ちょっと叩いてみたりね。」
「………わ、わかった。」
俺は、木宅の言葉を覚えて、
再度麻夜に向き直る。
スヤスヤと心地良さそうに眠る麻夜。
これを起こしてしまうのは可哀想な気もしたが、
麻夜の為だ……!と俺は自分を奮い立たせる。
「……………っ、麻夜っ、『起きて』!」
思いの外小さくなってしまった声とセットに、
麻夜の身体を小さく揺さぶった。
――――――起きない……。
「………麻夜っ、麻夜『起きて』……!
」
―――――お、起きない……。
えっと、これで起きなければ叩くんだな……。
麻夜を叩く……?
無理だ。
俺はまた困った………。
俺の後ろで木宅がクスクスと笑いながら
その俺の様子を見ているのが分かる。
「…………麻夜!」
「………う〜んぅ〜……。」
今度は名を呼びながら少し強く揺すってみた。
麻夜は漸く覚醒し始めたみたいで
寝返りを打って、起きようとしている。
「………麻夜、起きたか…?」
「………う〜ん、もうちょっと……。」
と言いながら、麻夜は
また眠る体制に入ってしまった。
「……ぁ、麻夜………寝るな!」
俺はもう起こす理由など忘れて、
麻夜を覚醒させるので必死だ。
麻夜が再び寝入ってしまい、どうしたらいいのかと呆然としていると、
流石にみかねたらしい木宅が、
麻夜を起こしのに加わってくる。
「麻夜ちゃ〜ん、ナルト君が困ってるよ〜!
起きてあげようね〜っ」
―――――木宅は人を起こすののプロかっ
麻夜に近付き、身体を大きく揺さぶって、
必要以上の大きな声で麻夜に覚醒を促している……。
ああ、こうすればいいのか……。
と麻夜を起こす木宅を見ながら、俺は学習した。
「………う〜、はぃ。起きます……。」
木宅の呼び掛けに麻夜は身体を起き上げて返事をし、
まだ眠そうな眼を擦っていた。
「………麻夜、お早う。」
「……へへ。お早う、ナルト、木宅さん。
起こしてくれてありがとー♪」
完全に覚醒したらしい麻夜は、
俺と木宅を交互に見た後、
寝起き顔の締まりの無い笑みを浮かべて言う。
「起こしてくれてありがとう」か……。
やはり起こしたのが正解だったのかと俺はほっとした。
うーん、と伸びをしながら笑っている麻夜。
―――――可愛いな、
と俺はその様子を見ながら笑っていた。
「今、何時なのかなぁ?」
「今はね、丁度四時を回った所だよ、麻夜ちゃん。」
時計に背をした状態の麻夜に、
木宅は自身の持つ懐中時計を見せながら答えていた。
「あ〜あ、今日こそは街に出てみようと思ったのになぁ〜。」
「何だ、じゃあ今からでも行く?
夕方だからちょっと人が多いかもだけど……。」
残念そうに言う麻夜に、
木宅は麻夜の使っていた布団を片しながら、けろりとそう言う。
「ほんと!?
じゃあ行きたいな〜。
ここに来てから、周りにちょっと出た位で、
まだどこにも行ってないの!」
嬉しそうにそう言う麻夜に、
俺は些か心配になってきてしまった。
「………麻夜、街に出るのはいいが、その姿のまま行くのか……?」
通常の三歳児が、こんなにも流暢な言葉遣いをしない。
怪しむ奴は怪しんで麻夜を見るかもしれない……。
「そうだね、そのままだとちょっと不便だし……。
そうだ、麻夜ちゃんに変化を掛けてあげるよ。」
それなら大丈夫、と木宅は早速取り掛かろうとする。
「うん、御願いします!
色々と必要な物買いたいし……。」
麻夜の返事に、木宅は笑顔で返し、さっと印を結ぶ。
ぼんっと色の付いた煙が立ち込め、
風に乗り流れれば、実年齢の歳に近いであろう、
十二、三歳の少女が現れた。
その少女は麻夜を大きくした感じの容姿で、
只でさえ幼児であった麻夜に見惚れてしまっていた俺は、
その姿に息を飲み、ただ一言、
「――――きれいだ……。」
とだけ呟いた。
→アトガキ。
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