滅多に使われていない教室の前を通ると人の気配を感じて、ほんの少しだけ開いていた戸の隙間から中を覗いてみると男と女の子がキスをしていた。見るからに事故ではない。しかもすごく、良いやつだ。
目を背けなければいけない、申し訳ないと思いながらもこちらには気づかずお互いに夢中になる彼らをまじまじと見てやることにする。
何度も角度を変えながら垂れそうな唾液を舐めあげ柔らかそうな舌がいやらしく絡む。吸って、吐いて、吸って、息継ぎを挟んだあとに舌が一気にねじ込まれる。声を抑えるようそっと息を吐く女の子に対して男は容赦はしない。
制服の中に突っ込まれた手はどうやら敏感で良いところばかり攻めているらしく、女の子は今まで以上に声が漏れてしまわないよう唇を噛み締めている。そんな彼女の反応を楽しんでいるのか、それとも胸元だけでは飽き足らなかったのかスカートの中へと侵入して無遠慮に好き勝手弄りはじめる。そのうちにぐちゃぐちゃと水をかき混ぜるようなが聞こえてくると女の子は苦しそうに男の名前を呼んだ。

「ぎ、ん…ぱち…せんせ…」

男は差し込んでいた指を一気に引き抜きまとわりついていた粘液を女の子に見せつけるよう舐めあげた後、軽くキスをして自らのベルトに手をかけていた。
覗き込んだ先にいた男と女の子。教師と生徒。密着し合う光景にすっげ…と一言。生唾をごくんと呑む。
女の子のことは何となく知っていた。姉さんと同い年だったような気がする。特別目立つタイプじゃないくせに、汚い大人の前で汚い大人のふりをしている彼女に興味が沸いた。恐らく一目惚れに近い。顔が好みというより性的に興味がある、のだと思う。不純だ。どいつもこいつも不純な奴らばかりだ。

翌日よく知りもしない彼女に声を掛ける。ゆっくりと振り向き誰だお前、と言わんばかりに俺の顔を不思議そうに見上げていた。
昨日あの教室で見た彼女の雰囲気とはまるで違っていて、実際に近くでみると姉さんよりもずっと幼く見える。

「……あの、何か?」
「ちょっと聞きたいことがあって」
「わたし?」
「そう。名前先輩、に」

周りにいた彼女の友人達が、そいついつまでも男つくらないから君貰ってあげてよ。と口うるさく茶化しだすと彼女はとても気まずそうにしていた。
小さな背中をこつんとつつき小声で別の場所に移動しようと囁くと、うるさい取り巻きを避けながら隣を歩く彼女は少し頬を赤らめていた。
しかし俺が足を止めた場所が昨日の、あの教室の前だとわかるとみるみるうちに彼女の顔面が強張り青白く変化していくようだった。

「俺にしときなよ、銀八との噂が広がっちまう前に」

隔離されているかのような静けさの中で銀八という言葉だけがやけに響いたような気がした。
先程の穏やかな表情が嘘みたいで、彼女はきちんと呼吸ができていなさそうだ。とても苦しそうに見える。何か言いたそうにしている事は何となくわかるけど、あえてわからないふりをして適当にへらへら笑っていると彼女の瞳は敵意を持ちながらも、じわりじわりと潤む。その姿が堪らなかった。どうかこの想いが好意的と受け取ってもらえると嬉しいけど、さすがにそれは難しいようだ。

「…見たの?」
「すっげーエロかったからずっと見てやした」
「…」
「…俺にもして。昨日と同じやつ」

彼女は何も言わない。何も言えない、の方がしっくりくるだろうか。きっと自分のことなんてさておいてあの醜い大人の人生をどうにか無駄にしない方法でも考えているのだろう。もっと自然にもっと適当に否定しておけば良いのに、彼女は何かを強く主張することなく首を軽く横に振る。
相変わらず警戒心を解くことのない彼女の表情も体も強張ったままだ。その潤んだ透明な瞳には悪魔のように不敵に笑う俺が写っている。
距離を詰め抱き寄せて背中をそっと撫でると名前の小さい体は小さくピクッと跳ねた。俺の胸板を頼りなく押し返すが制止も虚しくそのまま力任せに身を寄せる。このまま取って食うのも良いなと思いつつも何とか理性を抑え込み彼女の肩あたりに顔をうずめる。鼻先にあった赤く染まる耳を軽く噛むと身をすくめた彼女が色っぽい声を上げた。この声も、まだ見知らぬこの身体も全て銀八のものだと思うとどうしてか妬けてくる。昨日までまるで意識していなかった相手をどんな手を使ってでも手に入れたいと思えるだなんて厄介な性癖だなと思った。十代でこんなに歪んだことをしていたら大人になってしまった時にどうなってしまうのか、考えただけでちょっと可笑しくなってくる。
弱みに付け込んでこれからどうやっていじめ倒そうか悩むけど、なるべく彼女を傷つけることは避けたい。とほんの少し、そう思っているだけ銀八よりはマシだろうと考える。人の好意を弄ぶあの教師よりもきっと。

「今は好きでいたいの。先生のこと」
「俺も今、名前先輩を好きでいたい」
「だめ。私びっくりするくらい流されやすいから」
「いいじゃん俺に流されれば。駄目って言われても付け入るからさ、まぁ嫌って言われない限りは」
「…」
「俺のこと嫌?」
「……いやじゃ、ない。でもだめなの」

どっちも不純で、不毛な恋をしている。
多分これから先、正気でいられる自信がない。だから今だけは壊れ物を扱うよう丁重に優しく身体を抱きしめることにした。