ヅラが幾松を、その視線の意味も知っていたし、何ならその片想いとやらに応援するような素振りを見せた事もあった。
親友の恋が実れば俺も嬉しい。

「桂くんの好きな人、当ててみようか?」

あいつらの会話を盗み聞こうと思ったわけじゃない。教室に忘れた携帯の充電器を取りにきただけだっていうのに、辛そうな声で何かを切り出そうとする苗字と、いつも通りの冷たい声で淡々と喋るヅラ。二人の耳慣れた声を教室の外で聞いていた部外者の俺は内心ヅラを羨み、嫉んでいた。親友に、最愛の人を奪われてしまうのでは。と危機感を感じながら。

充電器を教室に置き去りにしたままにして自宅に戻り、部屋の床に転がる。脳裏に浮かぶのは教室にいた二人のことばかり。よりによって何でヅラなわけ?あいつ頭は良いけど中身はただのバカだよ見る目ねーよ、口ではそう呟いたが相変わらず胸の奥の圧迫感は消えない。あいつらあの後どうしたかな、そればかり気になってしまい徐に残り少ない充電で「今なにしてんの」とヅラに送信する。が返事がない。既読すらならない。余計に焦燥感と孤独感が増していく。
返事がないまま電源が切れて、次の日教室で充電しながらヅラの返信を見ると八時過ぎに「どうした」の一言。空白の三時間を逆算してる途中、教室に入って来た苗字の目元や首筋が赤くなっているのに気づいて思わず身体が熱くなった。緊張を精一杯隠して苗字に声を掛けると、腫れた目元を隠しながら不自然に笑顔を作っているように見えた。

「ブス具合が三割増してんぞ」
「うるさいな」
「嘘だって、今日もすげー可愛い」
「…それはさすがに嘘くさ過ぎない?」

苗字はいつも通りの笑顔でけらけらと笑っていた。
俺をとろかすような、魅力的な笑顔だ。

それから少し経って、前々から彼氏と疎遠になっていると言っていた幾松がついに別れたと聞いた。鈍感なヅラは勿論知らなかったくせに特に驚きもせず、ずっしりと低い声で「そうか」とただその一言。何も感じていないような顔をしていた。そんな何考えてるのかさっぱりわからない奴をいちいち探ることが面倒になって、幾松とお前ってお似合いじゃん?とあたかも味方のように振る舞いながら、親友を裏切った。
次の日、ヅラと幾松が一緒に帰っている姿を見つけ、わざとに苗字に見せつけた。二人をじっと見下ろすその辛そうな横顔を見ると、背徳感で背筋が冷たくなる。

「いつから、あんないい感じなわけ?」
「…知らない」

苗字の後頭部を撫でるとうっすらと滲んでいた涙が抑えようのないほど零れ落ちていく。そのまま抱き締めると想像していたより苗字は華奢な身体をしていて、容易く折れてしまいそうな身体を更に締めつけるようにしても、俺の背中や首に苗字の腕が回ってくることはなかった。
俺かヅラどちらか片方選んだとしても苗字が幸せだと思うときはくるのだろうか。
弱みにつけこむようで悪いけど、俺は愛した女に愛されたらこれ以上ないくらい幸せだし、嫌ってくらい幸せにしてあげたいんだけどな。
だから、頼むって。俺にしとけよ。